AIが人の身体を乗っ取る? 映画『アップグレード』が描く未来への警告

AIが人の身体を乗っ取る? 映画『アップグレード』が描く未来への警告

日進月歩でテクノロジーが進化する昨今。かつてのSF映画が夢想したことが、今や現実のものになりつつあります。

例えば、AIの進化は私たちの生活を劇的に変えるものとして期待されています。そして、義手や義足などの技術も飛躍的に発展し、そのうち『ターミネーター』のような全身サイボーグも実現するかもしれません。映画『アップグレード』はそんなテクノロジーが発展した近未来を舞台にしたインデペンデントSF映画です。とても近い将来、起きそうな事象を描いているのです。

体内のAIチップと会話する男

車の自動運転が当たり前となった近未来、グレイは旧型の自動車の整備士として生計を立てています。ある日、グレイは妻のアシャと一緒に、旧型自動車の顧客、億万長者のエロンに車を納品しに行きます。そこでエロンは2人に超高性能AIチップ「STEM(ステム)」を見せます。それは今までのどんなAIよりも高性能で世界を変える可能性があるのだとエロンは力説するのです。

帰り道。グレイとアシャの乗った自動運転車が暴走。2人はさらに4人の男たちに襲われ、アシャは殺害、グレイも四肢の麻痺となる重傷を負ってしまいます。車椅子と機械の補助なしには動くこともできなくなったグレイは、アシャを殺した犯人たちを探し出して復讐したいと願うようになりますが、何もできない身体になった自分をはがゆく思います。そんな折、エロンがステムを身体に埋め込めば、切断された神経を治すことができると持ち掛けてきます。医療的には正式に認められていない手術でしたが、グレイは犯人追跡のため、その提案を受け入れます。

手術は無事成功し、グレイは本当に五体満足の身体を取り戻します。それどころか、超高性能AIのステムは、その驚異的な計算能力でグレイの身体能力を最大限に発揮させることができるのです。しかし、ステムは自我を持ち、体内からグレイに話しかけてくるので、グレイはとても奇妙な感覚に四六時中悩まされるようになります。それでもグレイは、ステムの能力を駆使してアシャを殺した組織を追いかけるのですが、その過程でステムは徐々にグレイの自我を侵食し、乗っ取ろうとしていくのです。身体を動かしているのは自分の意志か、それともAIなのか、わからなくなっていくグレイは、アシャの殺害の裏に衝撃の事実があることを突き止めるのです。

自動運転の暴走、身体障害者を補助する人工の機械ツールやドローンを使った捜査、そして驚異的な計算能力を持ったAIが自我に目覚めるなど、今後テクノロジーが発展すればどれも現実に起こりそうなアイディアをたくさん詰め込んでいるのが本作の特徴。最もユニークなのは、体内に自分とは異なる人格のAIが意志を持つようになるという点でしょう。グレイは必要に応じてステムの能力を借りながら事件を解決してゆくのですが、まるで人間とAIがコンビを組んだバディムービーのような掛け合いが魅力的です。

そして、AIが徐々に人間の人格を蝕んでいく様子など、現代社会がこれから進もうとしている未来を警告するかのような展開を見せ、SF映画でなくては描けない物語であると言えるでしょう。

現実でもAIは人間の知能を超えるのか

本作で描かれた技術は、現実の世界でも開発が進んでいるものばかりです。

本作には目の網膜が機械デバイスとなった人物が登場しますが、現実にはコンタクトレンズ型のディスプレイの開発が進められています。これをつければ視線を動かすだけでマウスポインタを移動させたり、スクロールさせたりできるようになるそうです。

未来のディスプレイは、コンタクトレンズの姿でやってくる:米企業が目指す「見えないコンピューティング」の世界(WIRED)

さらに障害者の支援の分野でも技術開発が進められています。グレイのように四肢が不自由になった人向けに、人の脳と機械を結び付け、筋肉に流れる微弱な電気信号(筋電)を感知して動作する「節電義手」なども開発が進められています。

人の脳と機械を結び付ける「筋電義手」技術と人体拡張の可能性(EMIRA)

なにより、AIは人間の知能を超えるのかという問いかけは、テック業界のみならず、人文系の哲学者なども盛んに議論しているテーマです。2045年には人工知能が人類の知能を超えるという予測があります。人間の知能を超えたAIが生まれたとき、人類はどうなるのか、この映画はそのシミュレーションとしても非常に興味深い作品です。

動画配信サービスの「Amazonプライム・ビデオ」では、『アップグレード』が見放題です(2020年9月17日時点)。

構成・文:杉本穂高
編集:アプリオ編集部