20世紀を代表する天才物理学者のスティーヴン・ホーキングと彼の最初の妻であるジェーンの半自伝的映画『博士と彼女のセオリー』は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発症し、車椅子での生活となったホーキング博士と彼を支えた妻の愛の物語と、博士が追い求めた宇宙の神秘を重ね合わせて描く壮大なラブロマンスです。
ジェーンの献身的な愛だけでなく、介護にかかりきりとなってしまった彼女へ、ホーキング博士がどのようにその愛に報いるのかが見どころの一つとなっていて、献身的な介護に焦点を当てた作品とは異なります。主演の2人、エディ・レッドメインとフェリシティ・ジョーンズが素晴らしく、2人揃ってアカデミー賞にノミネートされたのも納得のパフォーマンスです。
献身的な愛と自由を与える愛
1960年代、ケンブリッジ大学で物理学を学んでいたスティーブン・ホーキング(エディ・レッドメイン)は、同大学で文学を専攻していたジェーン・ワイルド(フェリシティ・ジョーンズ)と出会い、恋に落ちます。ところが、ほどなくして、ホーキングはALSを発症し、倒れてしまいます。余命2年と宣告されたスティーブンは、そのことをジェーンに告げますが、どんなに短くても一緒にいたいというジェーンの固い意思を聞き、結婚を決意します。
2人の間には子どもが生まれ、余命宣告の2年を過ぎてもホーキングは生きることができました。彼の症状はどんどん悪化していき、車椅子での生活を余儀なくされます。しかし、身体は不自由となっても、思考能力はいささかも衰えないホーキングはブラックホールの博士論文で絶賛され、さらにビッグバンに関する理論でセンセーショナルを巻き起こします。
彼の症状はどんどん悪くなり、介護の負担も増していきます。ジェーンは教会の聖歌隊で知り合った男性、ジョナサンに介護を手伝ってもらうようになり、2人は惹かれ合うようになります。次第に心が近づいていく2人をホーキングは理解を示します。そして、新しい女性介護士・エレインと出会ったホーキングもまた、新しい人生を歩むようになります。
ジェーンとホーキングが愛し合っているのは疑いようのない事実。愛し合っているからこそ、自分の介護で縛り付けてはならない、彼女には彼女の人生があるのだとホーキングは考えたのでしょう。複雑だけど、やさしい愛の形が本作には描かれているのです。
神の存在と物理学
ホーキング博士は、すべての事象を解き明かせる方程式「万物の理論」を追い求めており、神のような創造者の存在を否定します。反対にジェーンは英国国教会の信者で神の存在を信じているので、出会った当初は神の存在について対立することもありました。
しかし、ホーキングは量子論に触れ、神の存在を認めるようになります。詳しい説明は省きますが、世界の事象には「確率」を考慮しないと説明しきれないものがあり、その確率はすべて計算可能ではない、計算不可能な「神のような存在」の可能性を示唆するシーンがあります。
本作では、ホーキングがそのような考えに至ったのは、妻のジェーンの影響のように解釈されています。本作は愛の物語であると同時に、科学的アプローチで神の存在に迫る作品でもあるのです。
ホーキング博士の有名な著書『ホーキング、宇宙を語る』の執筆シーンが本作でも描かれていますが、この本でホーキング博士は宇宙が存在する理由を証明することについて、「答えが見つかったとしたら、それは人類の理性による究極の勝利となるだろう。その時、われわれは神の心を知ることになる」と記しています。
これは物理的な存在としての神を肯定してわけではなく、比喩的な表現なのでしょうが、物理学の先端を行く人が、神をこのように語るのは非常に面白いですね。
そんな宇宙の存在の神秘と、愛の偉大さが交錯して描かれ、愛というのもまた不可解で神秘的なものだという思いを強くさせる、壮大な恋愛映画です。
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構成・文:杉本穂高
編集:アプリオ編集部