うっとりするような映像美に酔いしれたいなら、この映画です。
1951年のサイゴンを舞台にした映画『青いパパイヤの香り』は、ベトナム人監督トラン・アン・ユンの名前を一躍世界に知らしめた記念碑的作品です。フランス資本で、フランスでセットを組んで撮影しているのですが、異国情緒が漂う雰囲気を忠実に再現しており、ベトナム人の名前を世界の映画界に最初に轟かせた人として、映画史の中でも重要な人物を言えるでしょう。
1950年代のサイゴンの資本家の家に使用人としてやってくる少女を通じて、20世紀中頃のベトナムのエキゾチックな魅力を引き出し、美しい映像に焼き付けた作品です。
10歳で使用人となった少女のシンデレラストーリー
ベトナムの貧しい田舎の生まれの少女ムイは、10歳の若さでサイゴンの商家の家の使用人となります。そこは女たちばかりが働く家で、旦那は一日中、楽器を弾いては、ふらりとどこかで行っていまい、息子たちはいたずらばかり。一方で、奥方と先輩の使用人は優しく仕事を教えてくれます。
使用人の朝は早く、家族よりも早く起きてご飯の支度をし、掃除に洗濯など多くのことをこなさせばなりません。ムイは口数少なく、文句一つこぼさず健気に仕事に励みます。末っ子はそんなムイにいたずらをしかけ、仕事の邪魔ばかりするのですが、使用人には文句を言う権利もありません。
ある日、家の旦那が金を持ってどこかに行方をくらましてしまいます。奥方はムイたちに貴金属を渡して、食費にするように申し伝えるなど、一気に生活が苦しくなっていきます。商家の祖母は奥方がいたらない妻だからこうなったのだと責めるのですが、突然帰宅した旦那は命を絶ち、10年の月日が流れます。
大人になったムイは、フランス帰りの新進作曲家・クェンの家に雇われることになります。クェンは幼い頃からムイが憧れていた人物で、クェンもいつしかムイに惹かれていくのです。
全編、フランスでセットを組んで50年代のベトナムの商家の家を再現して撮影されています。セットとは思えないほどリアリティがあり、東南アジアのジメジメとした気候まで映像から伝わってきます。当時の女性たちの苦労を描いている作品ですが、裕福な男性との恋の成就を描いてもいて、ベトナム版のシンデレラストーリーとも言える内容です。
ベトナムの巨匠トラン・アン・ユン
監督のトラン・アン・ユンは、幼い頃にフランスに移住し、フランスで映画製作を学び、本作で長編映画デビュー。カンヌ国際映画祭で新人賞にあたるカメラ・ドールを受賞し、ベトナム人監督として初めて国際的な舞台で評価された監督となりました。その後、『シクロ』でベネチア国際映画祭の最高賞を獲得、村上春樹の『ノルウェイの森』を映画化するなど国際的に活躍しています。
成人した主人公ムイを演じたのは、トラン・ヌー・イェン・ケー。本作を撮影後、トラン・アン・ユン監督と結婚し、その後も同監督の作品には、日本を舞台にした『ノルウェイの森』を除いて必ず出演しています。凛とした美しさが特徴的な女優で、ベトナムを代表する女優です。近年では女性監督アッシュ・メイフェアの『第三夫人と髪飾り』にも出演しています。フランス帰りの映画監督と結婚という点は、作中でフランス帰りの作曲家と結ばれるムイに重なる部分がありますね。
台詞で多くを語らず、蟻にろうそくを垂らすカットや、昆虫やカエルのインサートショットなど、抽象的な映像で精神世界を描くような作品で、一つひとつのカットにどんな意味があるんだとうと考えながら観ると楽しい作品です。ベトナムの美を詰め込んだ珠玉の名作で、アジア映画史の中でも重要な作品ですので、是非その美しさを味わってみてください。
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構成・文:杉本穂高
編集:アプリオ編集部