洞窟フラメンコというのを聞いたことがあるでしょうか。
筆者はこの映画を観るまでまったく知りませんでした。『サクロモンテの丘-ロマの洞窟フラメンコ-』は、スペインのアンダルシア地方、サクロモンテの丘にかつて存在していた、洞窟フラメンコという珍しい文化と、そこに生きた人々のドキュメンタリー映画です。この地に住んでいたのは、迫害を逃れてきたロマ族の人々。彼/彼女らは洞窟内に住み、そこで独自の文化を生み出しました。1963年の記録的大雨で洞窟が崩壊し、そのコミュニティは散り散りとなったものの、今でもその文化を継承しようという動きもあるのです。
このドキュメンタリー映画は、そんなサクロモンテで育ち、フラメンコに情熱を注いだ人々の証言と見事なダンスで綴られた作品です。
迫害されたロマ族が生み出した伝統文化
サクロモンテの丘は、スペイン南部・アンダルシア地方に位置するグラナダという町にあるロマ族の居住地域です。洞窟が数多く掘られており、迫害を逃れてきたロマ族の人々がその洞窟に住み着きました。キリスト教徒との争いに破れたイスラム教徒も移住してきて、それぞれの文化が融合し、独自の文化を発展させます。その中に、今ではスペインの代表的な舞踏であるフラメンコもありました。
元々、フラメンコは家などの生活空間で行うものでしたが、今では大舞台で披露される大きな文化となりました。スペインと言えばフラメンコを思い出す人も多いでしょう。しかし、この地では、伝統的な生活空間で踊るフラメンコ「洞窟フラメンコ」の伝統が20世紀になっても息づいているのです。
本作は、そんなサクロモンテの伝統を受け継いできた人々のインタビューと踊りを交互に挟んで見せます。人生を振り返り、洞窟を改造した家の中で踊るのですが、みなさんご高齢にもかかわらず見事な身体の切れ味のダンスを披露してくれます。
その評判は1950年代には黄金期を迎えて世界的に有名になり、ハリウッドから大スターがわざわざ見に来るほどだったそうです。中には地域を飛び出し、世界で活躍したダンサーもいたようで、スペインの片田舎の洞窟が世界のエンタテインメントの最前線だったのです。
そんな独特の文化を生み出したこの地域が壊滅してしまったのは、1963年の大雨で引き起こされた大洪水でした。洞窟が浸水し、そこに暮らしていた人々は散り散りになってしまいました。伝統芸能だった洞窟フラメンコの歴史もか細いものになってしまったのですが、本作の案内役でもあるクーロ・アルバイシンが本を出版し、人々とのつながりを維持するなどして伝統を守ろうという動きもあるようです。今では若い後継者も少しずつ現れており、映画の中でも少女もフラメンコを披露しています。
映画に登場するのはご高齢の方々が多いのですが、みなさん素晴らしいダンスを見せてくれて、思わず見惚れてしまいます。洞窟に作られた家の中で踊っていて、エキゾチックでなんとも不思議な魅力に溢れています。舞台のような特別な場所ではなく、生活空間に文化が根ざしており、芸術が生活の一部になっている空間に興味をそそられます。
差別のない助け合いの精神が根付いた土地
本作で興味深いのは、フラメンコという国を代表する文化が、差別され続けた民族であるロマ族が生み出した、という点です。そして、この地域では、ロマと非ロマの人々が助け合って暮らしていて、差別のない共同体だったと本作では言及されています。とても貧しい地域だったので、みんなが手を取り合って生きていかねばならない土地だったことも大きいようです。
現在のサクロモンテは居住区の博物館や、洞窟フラメンコのショーを居住区で披露する場所もあり、外国人観光客も増えているとのこと。タブラオと呼ばれる、フラメンコショーが見られるレストランなどもあって、伝統文化の息吹を気軽に感じられるようです。本作を観ると、一度はサクロモンテの丘に訪れてみたくなります。情熱的で力強いその踊りに魅了される一本です。
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構成・文:杉本穂高
編集:アプリオ編集部