報道の自由を巡って、アメリカでも日本でも、昨今様々な議論がかわされています。トランプ大統領がCNN記者を締め出すと発表すると、他メディアもこぞって反発するなど、緊張感のある出来事が起きています。権力にとって報道機関は時に都合の悪い存在です。しかし、民主主義は報道による権力の監視が機能しないとすぐに腐敗するものであり、民主主義のためにも報道の自由は必ず必要なものです。
スティーブン・スピルバーグ監督作『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』は、そんな報道の自由の重要性を全面的にテーマにした作品です。ベトナム戦争の戦況を分析した機密文書の報道を巡って、ワシントン・ポストの当時の経営者・キャサリン・グラハム(メリル・ストリープ)を主人公として、報道の自由の大切さ、ビジネスとしてのメディアの問題、政治と報道の関係や、女性が経営者であるがゆえに苦悩など、多岐にわたる今日的なテーマを数多く描いた作品です。
ジャーナリズムを題材にした映画は数多くありますが、本作が一線を画するのは、主人公が現場の記者ではなく、会社の経営者である点です。死んだ夫から会社を受け継いだキャサリンの立場を通して、報道の使命を訴えるだけでなく、ビジネスとして成り立たせないといけないという点をしっかり描いているのです。
真実を報じれば会社が潰れるかもしれない
ベトナム戦争が泥沼化していた60年代、ケネディ、ジョンソン政権下で国防長官を務めたロバート・マクナマラはベトナム戦争の戦況を分析させ、詳細な文書を作るように指示しました。その文書は「ペンタゴン・ペーパーズ」と呼ばれ、国家の重要機密扱いとなりましたが、その文書作成に関わったダニエル・エルズバーグは文書のコピーを持ち出します。その文書はニューヨーク・タイムズに渡り、スクープとなって報じられました。
同じ頃、ワシントン・ポストは会社の存続のために株式公開へと踏み切りました。当時の経営者はキャサリン・グラハム。父、そして自殺した夫の後を継いで新聞社のトップに経ちましたが、実務経験はなく、役員や投資家から経営者としての資質を疑問視されていました。
ニューヨーク・タイムズのスクープはワシントン・ポストの編集部にも衝撃を与え、情報源を探るべく、編集主幹のベン・ブラッドリー(トム・ハンクス)を中心に、ペンタゴン・ペーパーズを入手しようと奔走します。ベンはキャサリンにマクナマラから情報を引き出すよう要請しますが、キャサリンは友人を追い詰めることはできないと拒否します。しかし、ベンたち編集部は別ルートから文書を入手、報道に踏み切ろうとしますが、政府がニューヨーク・タイムズの記事の差し止めを請求。もし最高裁で記事が法律違反と認められたら、ワシントン・ポストも報じることができなくなります。
会社は株式公開直後で、投資家たちは一週間以内に不測の事態が起これば資金を引き上げることができると契約書にあり、万一差し止めとなったら会社の存続は危うくなります。それでも真実を報じることを優先しようとするベンたちと、役員や顧問弁護士は激しく対立します。最後の決断はキャサリンに委ねられるのですが、彼女は新聞社の使命と存続の間で葛藤しながら、重要な決断をくだすのです。
ビジネスとして成り立たせなければ、新聞社は存続できず、会社が無くなればそもそも何も報じることができなくなります。このジレンマを一手に引き受けなければいけないのが、会社の社長になるまで仕事をしたことが一切なかったキャサリンであり、その決断の重さが見事に表現されています。
父の代から新聞社を知っているキャサリンは、確かに実務経験はありませんでしたが、誰よりも新聞社を愛しており、その本質を知っていたのです。真実を報道し、国民に貢献すること。それが新聞社の役割であり、それを止めたら、いくら会社が存続したとしても、その本質は死んだも同然なのだと彼女は悟るのです。
政治と報道の適切な距離感とは
キャサリンは、マクナマラ国防長官とは旧知の仲。報道の自由はもちろん大事であることは承知しながらも、自分の友人を危機にさらすような記事を出すべきか葛藤します。そして編集主幹のレイも、かつてケネディ一家と親しかったことから、ケネディについて、自分はきちんと真実を報じてきたのか、自問します。
記者は、真実の報道のために政治家の都合の悪いことも書く必要がありますが、懇意にしている政治家がいればこそ、誰よりも早く情報を得られることもあるでしょうし、そういう独自のコネクションがなければスクープも得られません。本作は、政治家と記者の距離感についても考えさせられます。
また、主人公のキャサリンが女性であるという点も、本作において重要です。証券会社でのスピーチも投資家たちとの会議でも、女性はいつもキャサリン1人だけ。女性であるというだけで軽く扱われるような時代に、夫から継ぐという形で社長をやっているわけですから、風当たりはとても強かったことが伺えます。
報道の自由を守ったのは、そんな軽んじられていた女性だったのです。報道の自由に関する点だけでなく、男女平等やステレオタイプな性差を乗り越えるという点でも非常に現代的な作品です。
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