アメリカ政治史上最大のスキャンダル「ウォーターゲート事件」。
米国の民主党本部・ウォーターゲートビルに5人の男が盗聴器を仕掛けるために侵入、逮捕されたことから始まるこの事件は、真相不明のまま収束するかに思われました。しかし、実行犯たちが共和党ニクソン政権の再選委員会と通じていたことが後に発覚。政権閣僚が次々と辞職し、最後は米国の政治史上唯一の任期途中での大統領辞職にまで発展します。この事件が発覚した裏には、ある男の暗躍がありました。当時、その男の存在は秘匿され「ディープ・スロート」というニックネームで呼ばれていました。
その男は、マーク・フェルト。元FBI副長官で「FBIの中のFBI」と呼ばれたほどの組織を代表する人物でした。映画『ザ・シークレットマン』は彼がなぜ、ウォーターゲート事件を内部告発のような形でメディアにリークしたのかを丹念に描いた作品です。
そこには、ニクソン政権からのFBIへの圧力から愛する組織を守ろうとした男の苦闘があったのです。
米国史上最強の内部告発者
37年間、FBI長官を務めたエドガー・フーバーが死去し、ホワイトハウスとFBI局内がざわつきます。歴代最長期間FBIの長官を務めたフーバーは政治家のスキャンダルを収めた「秘密ファイル」を持っており、政治家たちは彼を恐れていましたが、その死により政界とFBIのパワーバランスが崩れることに。長年、フーバー長官の元で副長官を務めたマーク・フェルト(ニーアム・ニーソン)もまた政治家から恐れられており、時のニクソン政権は、FBIを牽制するために自らの息のかかったグレイを長官代理に任命します。
そんな折、民主党本部に5人の男が侵入したという事件が発生。きな臭いものを感じたフェルトは捜査に乗り出しますが、グレイ長官代理は捜査を打ち切らせようとしたり、捜査内容を提出するように再三要求。その態度にニクソン政権の中枢の関与を感じ取ったフェルトは、捜査を進め、事件には大統領の再選委員会が関与していることを突き止めます。
しかし、政権からの妨害により捜査が打ち切られそうになる中、フェルトは情報をワシントン・ポストの若手記者であるボブ・ウッドワードに情報を提供。新聞に情報が掲載されるとグレイ長官代理は激怒し、局内に裏切り者がいるから探し出せとフェルトに厳命しますが、フェルトは情報提供を続け、ついには司法長官と大統領補佐官、首席補佐官を更迭に追い込むことに成功。さらにはその3人の証言でニクソン大統領も失脚となるのです。
フェルトは、フーバー亡き後のFBI長官になると目されており、自身もそれを目標にしていました。しかし、それが政権の横槍で叶わず、さらには長年属した組織をズタズタにされることに憤慨し、内部告発という手法で時の大統領を失脚させたのです。
米国の政治史上最大のスキャンダルは、このような1人の男の私怨と、組織を守るための戦いという側面があったということを本作は描いています。ニクソン政権の権力の乱用は当然許されるべきではありませんが、それがFBIという別の巨大組織との争いの末に発生した事件であったということは、別の恐ろしさも感じさせます。フェルトが尊敬していたフーバーは多数の政治家のスキャンダルを保有し、脅していたわけですが、そういう「黒いやり方」が通用した最後の時代に生まれた政治スキャンダルだったという言い方もできるかもしれません。
本作の理解をより深める2本の映画
ニクソン政権は、1期目の時は盤石の人気でした。そのニクソン政権が逆風にさらされ始めたのは、歴代政権が隠してきたベトナム戦争に関するレポート「ペンタゴン・ペーパーズ」の流出スキャンダルでした。
戦況不利な状況や違法な秘密工作を政権がひた隠しにしていたことを白日の下に晒したこのスキャンダルは、米国内の反戦機運を盛り上げ、政権への逆風となりました。そのことにニクソン政権が焦ったことで、ウォーターゲート事件のような強引なやり口に手を染めたとも言われており、2つのスキャンダルは地続きなのです。
ペンタゴン・ペーパーズについてはスティーブン・スピルバーグ監督の『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』が詳しく描いているので、本作と合わせて観るとさらに深く理解できるようになるでしょう。
もうひとつ、ウォーターゲート事件を記者側の立場から描いた『大統領の陰謀』も本作の理解を深めてくれます。ウォーターゲート事件を報道したワシントン・ポストの2人の記者の活躍を描く作品ですが、本作でフェルトが接触するウッドワードが主人公です。FBIと記者、それぞれどんな思惑で事件に関わっていたのかを知ると、より事件を多角的に観察できるようになるでしょう。
本作は、政治や事件捜査の関係など、この世界の裏側で起きていることへの想像力を与えてくれる骨太な人間ドラマです。上に挙げた2つの映画と合わせて是非観てみてください。
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構成・文:杉本穂高
編集:アプリオ編集部