変わるアメリカと変わらないアメリカを描いたイーストウッドの集大成、映画『グラン・トリノ』

変わるアメリカと変わらないアメリカを描いたイーストウッドの集大成、映画『グラン・トリノ』

アメリカは、移民の国で他人種国家です。

アメリカは長いこと白人の国でもありました。今でも多数派は白人です。しかし、元々そんな白人も移民としてこの大陸にやって来ました。映画『グラン・トリノ』は、ある郊外の住宅街の舞台にした比較的小さな物語ですが、そんなアメリカの歴史と、今後のアメリカがどう変わっていくのかを予見するような作品です。

監督・主演のクリント・イーストウッドはかつて西部劇スターとして名を馳せた人で、アメリカを代表する映画人と言ってよいでしょう。彼は常にアメリカとはどういうものかを描いてきました。本作は、そんな彼にとっての集大成とも言える作品です。変わりゆくアメリカと、変わっても残るアメリカの精神の核のようなものを本作で描いているのです。

アメリカの魂の象徴としてのグラン・トリノ

朝鮮戦争に従軍し、フォードの自動車工を長年務めた老人ウォルト・コワルスキー(クリント・イーストウッド)は、妻に先立たれ、2人の息子とも関係が上手くいっていません。住んでいるのはデトロイトの郊外の住宅地。かつては白人ばかりが住んでいたこの地域には、今ではアジア人があふれるようになっています。犬と愛車のグラン・トリノとともに孤独な日々を過ごすウォルトの隣家に、中国の少数民族、モン族の家族が引っ越してきます。

ある日、その一家の少年タオが、ギャングの従兄弟に脅され、ウォルトのグラン・トリノを盗みに入ります。しかし、ウォルトは銃を構えこれを追い払います。さらに、別の日にはモン族の娘・スーを不良たちから守り、家のパーティーに招かれるなどして、毛嫌いしていた隣人と打ち解けていきます。

ウォルトはスーに頼まれ、気弱なタオを男にしてやるべく世話をすることになります。屋根の修理から始まり、男らしい口のきき方、建設現場の仕事を斡旋するなど、師弟のような関係になっていきます。一方で、ギャングたちはタオとスーたちへの嫌がらせをエスカレートさせ、スーは陵辱され、ウォルトは復讐のために銃を取ります。

この映画はイーストウッドの人間性が強く反映された作品です。70年代のフォードの自動車であるグラン・トリノは、アメリカの魂の象徴として描かれます。ウォルトの孫も欲しがるなかで、彼はこれを最後にタオに譲るのです。疎遠な息子家族よりも、隣のモン族に親近感を覚えるのです。元々アメリカは移民の国。土地も隣人も知らない者同士が肩を並べて歩んできて、今日のアメリカが生まれました。

家族や隣人を守るために戦う覚悟があるかどうかが、アメリカ人の条件である、そんな風にイーストウッドは考えているのだと思います。人種も文化もまったくことなる人々が住むアメリカは、何を中心に国を構成しているのかが、本作を観るとよくわかる気がします。

移民の国だからこそ

イーストウッドは、肌の色や血の繋がりよりも大事なものがあるのだと、この映画で描いています。愛車のグラン・トリノを血の繋がった家族には譲らず、タオに譲るシーンのほかに、イーストウッドの実の息子がカメオ出演しているのもユニークな点です。息子のスコット・イーストウッドは、スーを守れない情けない白人の少年役で出演。ただギャングの黒人に媚びるだけで大切な彼女を守れない彼を尻目に、ウォルトがスーを救い出します。

ここで大事にしているのは、肌の色や血の繋がりではなく、大事な人を守れるかどうかという心意気です。タオはウォルトと一緒に復讐に行こうとしますが、置き去りにされてしまいます。しかし、家族を守ろうとする心意気に打たれ、彼はグラン・トリノを譲るのです。

白人の国から、より多様な人種の国に変わりつつあるアメリカ。その中でも変わらないものこそがアメリカの一番大事なもの。それは大切な人を自分の力で守ろうとする心意気なのだと、イーストウッドは描いているのです。

動画配信サービスの「Amazonプライム・ビデオ」では、『グラン・トリノ』が見放題です(2019年8月16日時点)。

構成・文:杉本穂高
編集:アプリオ編集部