Netflixの韓国ドラマ『愛の不時着』は、パラグライダーに乗っていた主人公の女性が38度線「非武装地帯」に漂着し、北朝鮮の兵士に助けられることから恋が始まる物語です。
この朝鮮半島38度線の非武装地帯のことを英語で「JSA(Joint Security Area)」と呼びます。共同警備区域という意味で、この地域は敵対している韓国軍と北朝鮮軍が共同で警備している地域なのです。
この地帯の特殊な緊張感を描いた映画が『JSA』です。朝鮮戦争の休戦によって生まれた38度線がどういう場所なのか、そして、韓国と北朝鮮の複雑な政治的関係と個々人の心情を見事に描いています。
朝鮮半島を揺るがす重大事件が勃発
朝鮮半島の38度線の共同警備区域(JSA)で、韓国人兵士が北朝鮮兵士を射殺する事件が発生。1953年に朝鮮戦争は「休戦」となり、作られたJSAは、韓国と北朝鮮が国境を挟んで警備していますが、何かあれば常に一触即発となる緊張感に包まれており、この事件は再び戦争が置きかねない重大な事態です。
スウェーデンとスイスから成る中立国監視委員会は、この事態を収めるために、韓国系スイス人である女性将校のソフィー・チャン少佐に調査を命じます。チャン少佐は、両国の関係者から事情を聴取するのですが、韓国側は「拉致されて逃げてきた」と証言し、北朝鮮側は「韓国軍兵士が突然襲いかかった」とまったく正反対の供述をします。
この事件の裏にはどんな陰謀があるのか。チャン少佐は一人、捜査を進めていきますが、当事者たちはなかなか重い口を割りません。
事件の発端は、ある韓国兵が誤って地雷を踏んでしまったことにあります。偶然通りがかった北朝鮮兵の2人に助けてもらった韓国兵は、それ以降、彼ら2人とやり取りするようになり、友情を育んでいたのです。そこにもう1人の韓国兵が加わり、4人は夜になるとこっそりと落ち合い、楽しく酒を飲み交わしたり、誕生日を祝ったりと、同じ民族で殺し合った悲劇を乗り越えるかのように友情を深めてゆくのです。
しかし、ある日、別の北朝鮮兵に現場を目撃されてしまい、事件が勃発してしまったのです。
映画はミステリーのような導入で始まるのですが、巨大な陰謀も政治的策略もなく、あるのは純粋な友情のみ。しかし、皮肉にもその友情は両国の戦争のきっかけになりかねないものでした。
同じ民族で、本当は彼らのように仲良くしたいと思っているのに、それができない複雑な関係。20世紀以降の韓国と北朝鮮の政治的な複雑さと、両国の人々の互いに対する思いと敵対心がないまぜになった複雑な感情を的確に描いた作品と言えるでしょう。
「自分は何者か」を問いかける作品
本作の主人公・チャン少佐は、韓国人の父を持ち、スイスで生まれたスイス軍人です。しかし、彼女の父にも秘密があることが描かれます。その秘密は、朝鮮戦争にさかのぼります。
ある経緯から祖国を捨てた父親。そして、生まれた自分は、一体何者なのかとチャン少佐は自問します。そして、韓国人とは、北朝鮮人とはという問いにもその問いはつながっていき、この映画を見る観客にも自分とは何なのかを問いかけてくるのです。この映画は、直接的には朝鮮半島の複雑さを描いていますが、そんな普遍的な問いかけを観客に促す作品でもあるのです。
そして、この映画を見ると、『愛の不時着』の面白さも一層深まるでしょう。両国の複雑な民族感情と政治的背景を知ると、あの愛の物語は一層輝くはずです。
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構成・文:杉本穂高
編集:アプリオ編集部