平和な農村、その実態は拷問施設 チリに実在した集落の闇を暴く映画『コロニア』

平和な農村、その実態は拷問施設 チリに実在した集落の闇を暴く映画『コロニア』

「事実は小説より奇なり」という言葉がありますが、この映画ほどそれが当てはまるものはないかもしれません。『コロニア』はチリに実在したドイツ系移民のコミュニティ、「コロニア・ディグニダ」の実態を交えて描くサスペンスドラマです。

「コロニア・ディグニダ」とは尊厳の居住区という意味です。そこはバリケードで敷地を覆い、世間から隔絶された場所で数百人が暮らしていました。質素で厳しい戒律の下で暮らす新興宗教のようなコミュニティなのですが、ピノチェト軍事政権下、チリの秘密警察の拷問場所としても利用されていました。

表向きは農業コミュニティとされていたこの集落は、実態は教皇と呼ばれる男、パウル・シェーファーが暴力で支配する場所でした。映画はフィクションを交えつつも、ほとんど知られることのなかった恐るべき実態に迫っています。

教皇の支配する閉鎖的コミュニティに決死の潜入

1973年、ルフトハンザドイツ航空のフライトアテンダントのレナ(エマ・ワトソン)は、チリへのフライトの折、現地にいる恋人ダニエル(ダニエル・ブリュール)と再会します。ダニエルはアメリカの傀儡であるチリ軍部と対立する活動家グループに所属しており、そのために秘密警察からマークされています。

ある日、活動家の一斉検挙が始まり、ダニエルも逮捕されてしまいます。そして、コロニア・ディグニダに連行され、激しい拷問を受けてしまいます。レナは少ない手がかりをたぐり、コロニア・ディグニダを突き止め、恋人を救うために信徒になりすましてコミュニティに潜入します。

そこは、教皇と呼ばれる男、パウル・シェーファー(ミカエル・ニクヴィスト)が暴力で支配する新興宗教のような場所でした。男と女は分断して生活させられ、厳しい労働を課せられています。表向きは農業コミュニティでありながら、裏ではチリの秘密警察と通じており、拷問施設として利用されているのです。

レナはダニエルと再会し、脱出を試みますが、周囲は電流の流れる有刺鉄線に囲まれ、銃で武装した住民が目を光らせているため容易ではありません。2人は様々な策を凝らしながら脱出しようとするのですが、捜査の手が忍び寄ります。

主人公の2人は架空の人物で、2人の脱出劇は創作ですが、「教皇」のパウル・シェーファーは実在の人物で、コミュニティの内部の描写はかなり現実に即して作られているそうです。脱出は絶対不可能と言われるほど厳重に警備されていた施設から、いかに抜け出すかをスリリングに描いており、最後まで目を釘付けにする見事な展開です。

コロニア・ディグニダの恐るべき実態

コロニア・ディグニダの教皇、パウル・シェーファーはナチスの残党であり、戦後はバプテスト教会の孤児院を設立するなどしましたが、児童への性的虐待の容疑で起訴され、南米に逃げ出しました。チリでドイツ人のコミュニティを作る許可を与えられ、コロニア・ディグニダを作り上げました。

チリ政府と密接な関係を作り上げ、拷問などに協力することによってこのコミュニティを拡大していったようで、相当な資産もあったと言います。コミュニティには学校や病院の他、滑走路まであったそうです。さらには機関銃やロケット砲などの兵器も隠し持っていたといい、かなり闇の深い組織であったようです。

コロニア・ディグニダは、ビジャ・バビエラと名前を変え、今も存在しています。運営の実態は以前とは異なり、外部の観光客も受け入れているようです。

閉鎖的なコミュニティは時に暴走し、恐ろしいものになってしまいますが、中の人間の感覚も麻痺してしまい、それがわからなくなるのが本当に恐ろしい点です。この映画はそんな怖さを、恋人を助けるために潜入した外部の人間の視点で巧みに見せてくれます。日本でもオウム真理教などの新興宗教が引き起こした大事件がありますが、この映画で描かれたものはそれらにも通じるものがあるように思います。

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構成・文:杉本穂高
編集:アプリオ編集部