疑似ワンカットによる究極の戦場体験、戦争映画を更新した『1917 命をかけた伝令』

映画全編を擬似ワンカットで撮影

戦争は、人類の引き起こす最大級の悲劇であり愚かな行為です。戦争を繰り返さないために人類は様々な方法でその悲劇を伝えようと試みてきました。

映像はその事実を端的に記録できる媒体なので、映画用フィルムが発明されて間もない頃から戦争を描くことに用いられてきました。そして、映画監督たちもいかに戦争のリアルを伝えることができるか腐心し、数多くの戦争映画が作られてきました。

サム・メンデス監督の『1917 命をかけた伝令』は、戦場の生々しいリアリティを伝えるために、映画全編を擬似ワンカットで撮るという驚くべき手法に挑んだ作品です。カメラはどこまでも主人公に併走し、まるで映画を見ている観客も戦場にいるかのような気分を味合わせるような演出をしているのです。本作は映画における戦争描写を一段進化させたと言っても過言ではないでしょう。

地獄の戦場を走って伝令を届ける

1917年4月6日、第一次世界大戦のヨーロッパ戦線は過酷を極めていました。西部戦線でドイツ軍と戦うイギリス軍の兵士・ウィルとトムはある日、司令官に呼び出され、重要な任務を言い渡されます。

それは、ドイツ軍が戦略的に撤退を仕掛け、連合国軍を罠にはめようとしていることを前線に知らせる伝令を届けること。電話線が途切れ、伝達する手段がなくなってしまったため、走って伝令を届ける必要があったのです。

前線には約1600人もの兵士がおり、この伝令が伝わらなければ彼らの命が失われます。トムとウィルは、命がけでこの伝令を届けるために、無人地帯を抜け、敵の攻撃をくぐり抜けながら前線に向かいます。

本作の上映時間は119分。その間、ほとんどカメラはカットが途切れることなく主人公とともに動き続け、銃弾が飛び交い、死体が転がる戦場をくぐり抜けていきます。そんな本作の鑑賞体験はまさに地獄の追体験で、まるで自分が主人公と一緒に伝令を届けにいく過程にいるかのような感覚を与えます。

しかし、本作は119分ずっとカメラを回しっぱなしにして撮影されているわけではありません。あくまでワンカットに見えるように編集してつないでいるのであって、完全なワンカット映画ではないのです。

ただ、どこでカットが本当は切れているのかを見分けるのかなり困難で、本当によくできています。主人公が遮蔽物などを横切る際に、カットを変えたり、暗い部屋に入る瞬間、画面全体が真っ暗になった一瞬にカットをつないだりしているのですが、一見しただけですべてのカット変わりを見つけることはできず、計算しつくされています。

しかし、一般的な映画のワンカットよりも遥かに長く回して演技をさせており、大量のエキストラをタイミング良く動かし、塹壕も実際に堀って再現するなど、相当に手の混んだ撮影を行っていることも確かで、そのかいもあって、強烈なリアリティを作り上げることに成功。観客はリアルな戦場に放り込まれることになるのです。

人生は常にワンカット

サム・メンデス監督は「人間の人生にはカットの編集はない。人生はすべてワンカットだ」と本作を擬似ワンカットで見せた理由を語ります。映画は編集によって視点を自由自在に変えることができますが、地面を歩く人間の目はいつも同じ視点から変わることはありません。サム・メンデス監督は、観客が人生を歩むいつもの視点で戦争を見てほしかったのでしょう。

こうして戦場で命をかけている若者も、自分たちと変わらない存在であることが、ワンカットという手法によって観客により切実に伝わります。数多くの戦争映画が作られ、悲惨な映像を現代人は見慣れてしまっているでしょう。悲惨な光景を見せるだけでは、もはや戦争の悲劇を語り継ぐことはできないのかもしれません。本作のような新しい見せ方は、そんな現代人にも戦場の悲劇や苦しさを伝える力があるのではないでしょうか。

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構成・文
杉本 穂高
編集
アプリオ編集部