世紀の演説をした国王は吃音症だった、平民と国王の友情描く映画『英国王のスピーチ』

ヘンリー王子とメーガン妃の王室離脱で話題となったイギリス王室。

日本の天皇制同様、その存在は象徴であり政治的権力はないのですが、象徴であるからこその役割があり、国民に対して大きな責任を背負っています。映画『英国王のスピーチ』はそんなイギリス王室についての物語。第2次世界大戦直前、ヨーロッパ中の緊張が高まる中で王位に就いたジョージ6世の吃音症を題材にしています。幼い頃の体験で吃音症となった国王と、彼の発音トレーナーとして雇われた言語聴覚士との友情を通して、戦時中のイギリス王室が英国民にとってどんな存在だったのかを描いています。

内気な王様が、混乱の時代に人々の心をまとめる役割を果たすスピーチをいかにしたかを詳細に伝えており、政治における言葉の力についても考えさせてくれつつ、身分を越えた2人の友情も見所となっています。

幼い頃の養育環境が吃音症の原因に

幼い頃から吃音症に悩んできたヨーク公アルバート王子は、妻のすすめでオーストラリア出身の言語聴覚士、ライオネル・ローグの元を訪ねます。独自の療法で知られていたライオネルは型破りな性格で、王族に対しても敬称を用いず、自分のことをライオネルと呼ばせるなど礼儀作法を無視して王子を怒らせますが、レコードを聞かせながらシェイクスピアを朗読させ、それを録音して王子にプレゼントします。なんとその朗読はまったくどもることなく流暢なもので、王子は驚きます。

アルバート王子には時期国王候補の兄・デビッドがいるのですが、素行不良で王にふさわしくないと考えられていました。しかし、アルバートは吃音症の自分には国王などとてもできないと考えています。やがて、デビッドが即位してエドワード8世となりますが、長続きせず、離婚歴のあるアメリカ人女性と結婚するため、即位1年で退位してしまいます。

アルバート王子は即位せざるを得ず、ジョージ6世となるのですが、スピーチは相変わらず苦手なまま。しかし、ソ連やヒトラーが台頭し、ヨーロッパが混乱の時代に向かう中、イギリス王には国民の象徴として、毅然とした振る舞いが求められます。ジョージ6世は、再びライオネルのもとを訪ね、治療を再開します。イギリスの元植民地であるオーストラリア出身で医療資格を持たないライオネルへの反発は王室や政権内にくすぶっていましたが、国王は彼を起用し続けます。

ライオネルはわざと挑発的に国王を怒らせることもしばしば。そして、怒りに我を忘れた時だけは雄弁になれることを発見させ、戴冠式の宣誓をよどみなく終えることに成功します。そして1939年、ナチスドイツがポーランド侵攻を開始、第2次世界大戦が始まります。ジョージ6世はこの時、英国民に向けて戦争を鼓舞するスピーチに挑むことになるのです。

元植民地であり、大英帝国傘下のオーストラリア出身の平民と、大英帝国のトップが、身分の違いを越えて友情を育むというのは簡単なことではありません。世界中を植民地化した英国ですが、オーストラリアのような旧宗主国出身者への差別もあり、実際にライオネルが軽んじられるシーンも度々描かれています。

吃音を題材にした本作では、ジョージ6世が幼い頃に左利きを右利きに矯正されたというエピソードが登場します。これは吃音症の人に多いのだとライオネルが作中でも語っていますが、幼い頃のトラウマ的な体験が吃音症の原因となることがあるそうで、この場合は自分らしさを封じ込め、父親の期待に応えねばならなかった抑圧体験が吃音症につながったことを示唆しています。

また、本作の脚本家・デヴィッド・サイドラーも吃音に悩まされていたそう。吃音症の人は人口の1%はいると言われており、実はかなり多くの人が悩んでいるものなのです。

政治とは言葉の力

ジョージ6世のスピーチは、時のチェンバレン政権のナチスとの宥和政策が失敗に終わり、ヨーロッパ中が戦争に向かう中でなされました。国民に、これから戦争になるんだということを認識させ、戦争に向けて国民の士気を大きく高めた重要なスピーチとなりました。ジョージ6世はロンドンが空襲にさらされた時もロンドンにとどまり続け、国民の支持を得ました。イギリス王室は政治的権力を持っていませんが、象徴としての役割を全うするため、戦争に向かう国民とともに残ったのです。

本作ではヒトラーの演説をジョージ6世が「演説が上手い」と評価するシーンがあります。政治とは言葉で人を動かすもの。ヒトラーはまさに巧みな弁舌でドイツを戦争に向かわせた人物ですが、それに対抗する側のイギリスもまた演説によって国民の心を一つにしていかなければならなかったのです。

本作は、歴史とは言葉によって大きく動いているのだということを実感させてくれます。この映画は、言葉の大切さを描いた作品と言えるかもしれません。

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構成・文:杉本穂高
編集:アプリオ編集部