戦国時代は動乱の殺し合いの時代でした。
映画やドラマでも戦国時代と言えば、武士たちの血なまぐさい戦いの物語です。しかし、映画『花戦さ』は戦国時代の物語にもかかわらず、どこかほっこりする作品なのです。
本作で描かれるのは花僧・池坊専好の半生。花を愛し、花を生けることを生業にしたお坊さんで生け花を全国に広めた人物として知られています。その生け花の美しさと大胆さは織田信長を驚かせ、さらに千利休にも認められ、深い交流があったとされる大人物でした。
本作は、専好が時代のうねりの中でいかに花を愛し、花によって人の心を変えていったのかを描き、生け花という日本の伝統美の奥深さを見せてくれる作品です。
花で天下人と対峙した男
花僧の池坊専好は、兄弟子からの依頼で当時飛ぶ鳥を落とす勢いで勢力を拡大していた織田信長のために花を生けることになります。気性が荒く気に入らなければすぐに殺すと評判の信長に花を生けようとする人は誰もおらず、信長のことをよく知らない専好にそのお鉢が回ってきたのです。専好は、信長のことを「昇り竜」のような人だと聞き、巨大な松の木を使った勢いのある花を生けてみせ、信長から高い評価を得ます。
その時、同じ場所に居合わせたのは豊臣秀吉、前田利家、千利休など錚々たる顔ぶれ。誰もが信長から絶賛されたことに驚きます。
そして時は流れ、本能寺の変で信長が倒れると代わりに豊臣秀吉が台頭、天下統一に向けて邁進してゆきます。専好は寺の執行役を務める立場となり、生け花の指南役として多くの生徒を抱える身となっていました。
ある日、千利休が専好のもとを訪ねてきます。当時、天下人になろうとしていた秀吉につかえていた利休は、侘び寂びの良さを秀吉にわかってもらうために苦心していました。そんな秀吉が北野大茶湯を開催し、自ら黄金の茶室で人々に茶をもてなすことに。利休はその大茶湯で専好に花を生けてほしいと依頼し、専好は色とりどりの花で茶室を彩り、それが秀吉の黄金の茶室よりも評判となります。しかし、この件を機に秀吉は利休を疎んじるようになってしまうのです。
そして、秀吉は大徳寺の門に利休の木像があることに腹を立て、木像を河原で晒します。利休と秀吉の対立はますます深くなり、事態を憂慮した前田利家は専好に利休に謝罪するように進言してほしいと頼むのですが、利休は頑なに拒みます。
秀吉の圧政は日を追うごとに激しくなり、猿と呼んだだけでも打首にしていきます。専好は、そんな秀吉の心を鎮めるため、秀吉のために花を生けることを決意。怒りを買えば殺されるかもしれない危険な賭けですが、専好はこれを「花の戦さ」だと称し、秀吉の城へと向かうのです。
生け花が成立したのは室町時代、さらに戦国時代になって花開いたものです。血なまぐさい戦国の世にこのような文化が発展したのは興味深いことです。本作で描かれているように武将たちも生け花を嗜んでおり、それは教養の一つだったのです。
専好は、死者に必ず花を手向けます。花は人を癒すもので、人の命の美しさと花の美しさもそれぞれの美しさがあると訴え、花の力で動乱を鎮めようと試みます。動乱の時代、多くの命が失われたからこそ、儚い命を慈しむように花を愛でる文化が花開いたのかもしれません。
野村萬斎の所作の美しさに見惚れる
本作の主人公・専好を演じるのは狂言師の野村萬斎。一つひとつの所作の美しさ、姿勢の良さだけでも見る人を魅了します。ちょっと物忘れの多い抜けたところのある専好を飄々と、しかし奥底には強い信念と花への情熱を込めて演じています。
この映画のテーマについて萬斎さんは「人の生きざまも花、表情も花、心も花。『人それぞれが花』であり花と人間がシンクロしていることが素晴らしい」と語っています。また、専好は大胆な構図の生け花で人を驚かせましたが、そんな型にはまらない魅力に溢れた人物を、狂言とも相通ずるものがあると言い、日本の伝統美の型と型から溢れ出る個性の素晴らしさがあるのだと語っています。
萬斎さんの芝居は、映画にしてはオーバーだと言われることもあります。しかし、能や狂言のような長い伝統ある芝居とは、たんに自然にそれらしく振る舞うだけではない奥深さがあるもの。萬斎さんの芝居を見れば、長い伝統が培った型の芝居には、自然に振る舞うだけでは味わえない美しさがあるということがわかるでしょう。
そして、共演陣の芝居も素晴らしく、秀吉役には歌舞伎役者の市川猿之助、利休役に佐藤浩市、前田利家役に佐々木蔵之介、信長役に中井貴一など一流の役者が顔を揃え、見応えある演技合戦を披露しています。
生け花という日本の伝統美を堪能できる、新感覚の時代劇です。作中に登場する見事な生け花の美しさに息を呑む瞬間がたくさんある、眼福な映画です。
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構成・文:杉本穂高
編集:アプリオ編集部