愛はある日突然、前触れもなくやってくるもの。それは男であっても女であっても、そういうことは起こります。さらに言えば、異性愛者が唐突に同性に惹かれることだって。
1950年代のニューヨークを舞台にした映画『キャロル』は、女性同士の愛を描いた作品ですが、2人には夫とボーイフレンドがいます。1人は今まで同性のことを意識したことすらなかったのに、突然の出会いで雷を打たれたように惹かれていく様を描いています。
昨今はLGBTという概念が一般化して、性的マイノリティに対する理解は一昔前よりも深まりましたが、性的指向や性自認というものは生まれつき固定化されたものだと思っている人も少なくないのではないでしょうか。
でも実は、それらは案外固定的なものではなく、とても流動的なものなのかもしれません。これまで異性としか付き合ってこなかった人が、魅力的な同性に出会い惹かれることは、おかしなことでもなんでもありません。
1950年代は現在よりも同性愛に対して風当たりが強い時代。そんな時代に出会った2人の女性が、戸惑いを感じながらも周囲の逆風のなか、愛を確かめ合う美しいラブストーリーです。
人が人を愛することは、どんな形であれ自然なこと
クリスマスシーズン、ニューヨークの高級デパートで働くテレーズ(ルーニー・マーラ)は、子どものためのクリスマスプレゼントを買いに来たエレガントな女性・キャロル(ケイト・ブランシェット)と出会います。キャロルが忘れた手袋を届けたことがきっかけで2人はランチに出かけたり、自宅に招待したりするような仲になっていきます。
テレーズにはリチャードという男性の恋人がいますが、結婚に踏み切れません。一方でキャロルは娘と夫がいますが、離婚協議の最中。2人とも異性のパートナーと上手くいっていない時期に2人は出会い、互いに惹かれていきます。
男尊女卑の考えがまだ色濃い時代ですので、2人はともにパートナーに抑圧されている面がありますが、この映画は2人を最初から同性愛者だと断定していません。キャロルは以前にも別の女性と関係を持ったことが描かれていますが、テレーズにはそうした経験はなかったのです。テレーズはキャロルと出会って初めて同性を愛することがあると気がつきます。
2人の性的指向をカテゴライズするとバイセクシュアルということになるのかもしれませんが、本作の素晴らしい点はそうしたカテゴライズを意識せずに描いているところ。魅力的な2人の人間が出逢えば、愛が生まれるのは自然なこと、それ以上に大切なことはないのだと映画は語っているのです。
美しいファッションとため息のでる映像美
本作は、1950年代には同性愛が治療の対象であったということも描いています。キャロルは親権をめぐって夫と争うことになりますが、夫は同性愛の治療ができなければ親権は譲らないという迫り方をするのです。当時は同性愛的な感情は治療の対象だと普通に信じられていた時代だったのです。
そうした社会的な差別や抑圧を描くことも忘れていませんが、本作はとにかく映像もファッションも美しくて、ため息が漏れます。特にテレーズとキャロルの当時のニューヨークの階級の違う女性のファッションを再現している点は見応えがあります。
キャロルは上流階級のエレガントな服装で、高級ファッションブランドに身を包んでいます。テレーズは当時のストリートファッションを意識していて、とても可愛らしい。好対照な2人のファッションが2人の階級の違いを物語っていて、個性も発揮されています。
本作は、女性作家パトリシア・ハイスミスの半自伝的な小説が原作です。出版当時、彼女はこの小説をクレア・モーガンという別名義で出版しています。そのエピソードも性的マイノリティへの風当たりが当時はとても強かったことを伺わせます。その後、正規の名義で再出版され、こうして映画になり再び脚光を浴びることになったのですが、時代が変わってもこの美しい愛の物語には人を魅了する力があるのだなと思わずにはいられません。
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構成・文:杉本穂高
編集:アプリオ編集部