今年のアカデミー賞に作品賞を含む8部門にノミネートされた、ティモシー・シャラメ主演の『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』は、伝説のミュージシャン、ボブ・ディランの若かりし頃を描く伝記映画です。
人気絶頂のティモシー・シャラメは、本作で2度目の主演男優賞ノミネート。20歳代で主演男優賞にノミネートされるのは、あのジェームズ・ディーンに続いて2人目という快挙を達成しました。
そんな彼が本作で演じたのがボブ・ディラン。ディランが無名時代の19歳の頃から伝説となったライブに出演するまでの数年間を、当時の社会背景とともに鮮烈に描いた内容で、ティモシー・シャラメのカリスマ性がボブ・ディランのオーラと重なり見事な存在感を発揮しています。
フォークソングの伝統と革新
19歳のボブ・ディランは、ニューヨークへ音楽家として成功する夢を携えてやってきます。真っ先に彼が行ったのは、敬愛するフォークシンガー、ウディ・ガスリーの入院する病院でした。そこで彼はあこがれのガスリーと対面します。しかし、彼はハンチントン病に冒されており、音楽ができる体ではなくなっていました。ガスリーの病室には友人のフォークシンガー、ピート・シーガーもいました。そこでディランは一曲披露するのです。ここでのピートとの出会いがディランのレコードデビューにつながります。
そこそこの売り上げにとどまった最初のレコードですが、やがてディランはスターダムに乗り、一気に全国レベルの知名度を獲得。フォークミュージックをメジャーに押し上げる新生として期待されるようになります。
ディランは徐々に新たな音楽へと目覚めていきます。絶えず新しい音楽を模索するディランと伝統的なフォーク・ミュージックの復活を夢見るピートたちの間には徐々に溝ができ始めます。そうしたなかで、1965年のニューポート・フォーク・フェスティバルに出演することになります。
このように本作は、ボブ・ディランの駆け出しの頃から頂点へと至るところまでを描く内容となっています。当時は冷戦体制下で第三次世界大戦が始まってしまうような一触即発の状況でもありました。さらにはベトナム戦争反対運動の盛り上がりや、公民権運動などで社会が大きく動いていた時期でもあります。そんな時代の若者の心を捉えたのがボブ・ディランの曲でした。彼の曲は体制に挑むプロテストソングとして社会を象徴するものだったのですが、そんな時代背景もよくわかる内容となっています。
しかし、ディラン本人はそうした政治的なことよりも、だれよりも自由でいたいという姿勢が強く感じられます。誰にも縛られることなく、飄々と曲を演奏し、どこかに行ってしまう。そんな気まぐれなカリスマをティモシー・シャラメが抜群の存在感で演じているのです。
ティモシー・シャラメの代表作
本作はティモシー・シャラメの代表作として、これからも語り継がれることになるでしょう。ボブ・ディランというカリスマを演じられるのは彼しかいない、そう思わせるパフォーマンスでした。何を考えているのかわからない、太々しいようで繊細、思慮深いようで淡泊。相反するような要素をいくつも持ち合わせ、奥深い青年を見事に演じ切っています。
また、本作にはボブ・ディランの名曲の数々が用いられています。ミュージシャンの伝記映画なので当然ではありますが、本作はボブ・ディランの心情を曲で描こうと試みるような構成になっていて、音楽が彼の人生の中心にあるということがきちんと描かれているのも好印象です。
また、ミュージシャンの伝記映画にありがちな商業主義的なレコード会社との対立のような、ステレオタイプな展開にならないのも特徴です。マネージャーはむしろ反体制的なボブの音楽姿勢を支持するようなタイプなのです。また、ドラッグの話も出てきません。実際のボブ・ディランはドラッグもやっていましたが、音楽映画のステレオタイプを脱却するためか、本作ではそうした描写をカットしています。
情熱的なのか冷めているのか、達観しているようでナイーブな面もある若い頃のボブ・ディランの実像に迫ろうとする秀作です。ティモシー・シャラメのたたずまいから感じられる重層的な人間像は必見。激動の時代を飄々と生きた男の半生を描く作品として、面白い内容です。ボブ・ディランのことをよく知らない人に対してもわかりやすい作り方をしているので、ボブ・ディラン入門編としてもおすすめできる1本です。
『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』を見る(ディズニープラスで配信中)
1961年、ニューヨーク。活気あふれる音楽シーンと文化が大きく変わろうとする激動の時代に、ミネソタ出身の無名の19歳、ボブ・ディラン(ティモシー・シャラメ)がギターと革命的な才能を携えてグリニッジ・ヴィレッジにやって来る。彼は、アメリカ音楽の方向性を変える運命を背負っていた。名声を得る過程で最も親密な人間関係を築く中、彼はフォークムーブメントに不満を抱くようになり、定義されることを拒む。そして物議を醸す選択をし、世界中に文化的な影響を及ぼした。エドワード・ノートン、エル・ファニング、モニカ・バルバロらも出演するこの作品では、ジェームズ・マンゴールド監督がジェイ・コックスとの脚本を基に、現代音楽史における重要な時代を描いている。
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