綾野剛、北川景子、東出昌大、浅野忠信、豊川悦司。ありえない豪華キャストが、セックス・ピストルズの曲をバックに刀を振るう映画『パンク侍、斬られて候』。一見コメディのように見えるこの作品は、観る人によっては胸ぐらを掴まれるような衝撃すら感じる問題作です。
dTVの単独製作により2018年6月に公開された本作は、並はずれた剣の腕前を持つ浪人が、地元藩主の権力闘争に巻き込まれ、なぜか新興宗教のでっち上げ騒動を巻き起こす、という破天荒なストーリー。
ミュージシャンとしての活動でもよく知られる芥川賞作家・町田康の大人気小説を原作に、脚本を宮藤官九郎、『狂い咲きサンダーロード』『爆裂都市 BURST CITY』などパンクな作風で知られる石井岳龍が監督を手がけた、近頃まれに見る最高にアバンギャルドな一作です。
そうそうたる俳優陣の中で紅一点、北川景子が「私が一番やりたかったことって、こういうこと」とまで言い放った、他にはないこの作品の魅力を少しだけご紹介します。
クセが強い面々が巻き起こす、自業自得の「腹ふり党」騒動
時は江戸時代、「超人的刺客」の浪人・掛十之進(綾野剛)は、道中ムダに人を斬りつつ、黒和(くろあえ)藩の筆頭家老・内藤帯刀(豊川悦司)の元を訪ねます。
暴徒となって災いを引き起こすとされる新興宗教「腹ふり党」の噂を仕入れ、それを討伐するべく、仕官を願い出る十之進。汚い浪人の話を誰も取り合わない中、内藤はこれを利用して、かねてから邪魔だった次席家老・大浦主膳(國村隼)の失脚をもくろみます。
裸で腹をふり、解脱の境地「おへど」を求めて叫び回る腹ふり党。実はすでに過去の騒ぎで、暴動はとっくに鎮圧されていました。慌てる十之進に、内藤は「滅んだからなんだというのだ。銭をやり、人を集めて腹をふらせ、腹ふり党と呼べば済むことだ」と、腹ふり党再起工作を指示します。
「何ビビってんだよ、しっかりしろよ、食い潰しの浪人がよ!」。肝が座った内藤に発破をかけられた十之進は、内藤の密偵・江下レの魂次〈えげれのこんじ〉(渋川清彦)、物を浮かせる超能力をもった従者・オサム(若葉竜也)、都合が悪くなると気絶する気弱な侍・幕暮孫兵衛(染谷将太)を従え、腹ふり党元教祖・茶山半郎(浅野忠信)のもとを訪ねます。
捕縛から解かれ、長年眠らせていたエネルギーを放出するかのように踊りまくる茶山。気弱ながら必死に任務をこなしていた孫兵衛が、それを見て突然まるでタガが外れたかのように腹を振り始めます。茶山の付き人・ろん(北川景子)も周りを鼓舞し、みるみるうちに賛同者が増えていきますが……。
笑えるのにどこか怖い、超豪華キャストによる実は辛口エンターテインメント
たちまち増え続ける狂った信者達。正論ばかりで融通がきかない藩主・黒和直仁(東出昌大)は、リーダーとは名ばかりで暴動を抑える力量はなく、藩の破綻を見抜いた家臣は保身に走り、民衆は我を忘れて腹を振りまくる。日本のあり方そのものに対する鋭い風刺かと思われる描写が続きます。
「行列があればとりあえず並び、売れていると聞けば買う。絶対に自分の頭ではものを考えないが、自分はユニークな人間であると信じて疑わない。そんな連中がこの熱狂に腹を振らないわけがない」。あまりに使えない人間達のため、事を収めるべく現れる人語を話す猿(永瀬正敏)の一言がこれまた強烈です。
癖の強いメチャクチャな展開。でも、私達が生きる現実のほうがもっとメチャクチャだ。純粋にそう思えるのは、原作の文学性とキャストの演技力の高さが理由です。
綾野剛が裸同然で刀を振り、浅野忠信が顔に変な入れ墨をして腹を振り、豊川悦司が重臣とは思えないナンセンスな言葉でまくし立てる。見終わったあと「何だったんだろう」と思うけれど、なんだか考えさせられてまた観たくなる。石井岳龍監督がインタビューで語っていた「中毒性」とは恐らくこの感覚でしょう。
「こんな世界だからこそ、絶対に譲れないことがある」。ろんの決めセリフが意味深く、多くの人の想定を超える、究極にパンクなラストも待ち受けています。
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