7月31日〜8月3日にかけて、楽天が主催するイベント「Rakuten Optimism 2019」がパシフィコ横浜で開催された。本記事では、同イベント内で8月1日に行われたビジネスカンファレンス「ライドシェアリングと未来のモビリティ」の模様をお届けする。
同カンファレンスには、楽天株式会社 代表取締役会長兼社長の三木谷浩史氏と、ゲストに楽天が出資をするライドシェアリングサービスの米「Lyft」共同創業者兼社長のジョン・ジマー氏が登壇。自動運転技術や5Gを活用したライドシェアリングサービスがもたらす車社会の変革や、都市設計のあり方などについて議論が交わされた。
ライドシェアリングサービス「Lyft」とは
「Lyft」は、一般の家庭が保有する自家用車を使った配車サービスを運営している。米国では、Uberと並ぶ規模を誇るライドシェアリングサービスだ。米国内における人口の約95%をカバーし、カナダのトロントとオタワでもサービスを提供している。Lyftのドライバーは100万人を超えるという。2019年3月には、ライドシェア業界では初となる株式公開を実施。時価総額およそ2.4兆円で、ナスダック証券取引所に上場した。楽天は2015年、Lyftに約3億円の出資を行なっている。
Lyftの利用者は、スマホにアプリをダウンロードし、電話番号や支払い情報を入力した上で、付近のLyftドライバーに乗車のリクエストを出して、配車をしてもらう。乗車後は、アプリや現金でチップを渡し、ドライバーと乗客が、お互いに評価をする仕組みになっている。
人々は将来自動車を持たなくなる?
Lyft, Inc. 共同創業者兼社長 ジョン・ジマー氏
共同創業者兼社長のジョン・ジマー氏は大学時代、車が1日24時間のうち95%は駐車場に置かれていること知り、より効率的な交通手段や都市のシステムに興味を持ったという。米コーネル大学ホテル経営学部を卒業後、リーマンブラザーズに就職、2008年に同社を退職して、ニューヨークからサンフランシスコまで車の相乗りで旅をしたのち、共同創業者のローガン・グリーン氏と共に、Lyftの前身となるZimrideを設立して現在に至る。
そんなジマー氏は、個人が所有する車が、今の社会では経済的な負の遺産になっていると話す。その上で、将来はライドシェアリングの普及により人々が自動車を持たなくなる社会が到来するのではないかと予測する。
「今の社会で車を所有するには、100万円以上の初期投資の他にも維持費やメンテナンス費が必要です。Lyftを起動するだけでどこへでも行けるようになれば、車を利用する経済的な負担を減らせます。多くの人はまだ車を持つことを諦めてはいませんが、ライドシェアが浸透すると『自動車を保有する』という概念自体がなくなり、車は移動をするためのサービスの1つとして認識されるようになるでしょう。私には2人の娘がいますが、将来車を運転することは恐らくないと思います」とジマー氏は話す。
より大きな変化に対応した都市設計が必要
ライドシェアが普及し、車の所有台数が減ることにより、将来的な都市設計も大きく変わってくるとジョン・ジマー氏は話す。
「今の都市設計は、車の所有が前提になっていますが、台数が減ってくれば、駐車場をはじめとした関連するスペースを減らすことができます。例えば、ロサンゼルスでは、土地の約30%が駐車場ですが、不要になれば、別の施設に転用することも可能になります」(ジマー氏)。
今の道路や駐車場が空くことで、より効率的で生活がしやすい都市を設計することができるという。
「例えば、現在は車が走っている道路をバイクやスクーターの専用道路にして、別に車専用の道路を作れば、渋滞を減らせるかもしれませんし、自動運転車も導入しやすくなるかもしれません。そこでLyftでは、ライドシェアの普及と同時に、各州の自治体などとも連携をして、未来都市のあり方についても検討をしています。今後の都市計画においては既存の移動手段に囚われない、より大きな変化を予測した設計が必要になるでしょう」とジマー氏は話す。
日本では法的な問題やライドシェアへのイメージが課題に
楽天株式会社 代表取締役会長兼社長 三木谷浩史氏
楽天株式会社で代表取締役会長兼社長を務める三木谷浩史氏は、ジマー氏のアメリカにおけるライドシェアの普及と、将来的な都市設計の変化を聞いた上で、日本の現状について言及した。
「日本では、ライドシェアに安全面で不安を持っている人も多くいます。また、ライセンスを持たない一般人の配車サービスは『白タク』として、タクシー業界から大きな反発を受けており、なかなか普及していません」(三木谷氏)
ライドシェアの安全性については誤解があるとジマー氏は話す。「Lyftをはじめとしたライドシェアでは、アプリを通じてドライバーと同乗者の双方がプロフィールを登録し、透明性を担保しています。また、乗車後には同乗者がドライバーを格付けする仕組みもあり、評価が低い人は除外されます。評価をする仕組みを導入することは、長い目で見れば危険な運転を減らして、事故の抑制にもつながるのではないかと思っています」(ジマー氏)。
自動運転や5Gの技術を少しずつ浸透させて利便性を向上する
自動運転車も徐々に広めていきたいとジョン・ジマー氏
ジマー氏はLyftの目標について、車の所有という経済的な負の仕組みを変えることと自動運転の普及を挙げた。自動運転がいつ実現されるのかについては様々な予測があり、ジマー氏も明確にわかる人はいないと話す。しかし、一足飛びに自動運転車が走り回る社会を実現することは難しくても、少しずつ変えていくことはできるという。
「自動運転車というと、有人による運転と同様の成果を求められるかもしれません。しかし、例えば時速35マイル以下の走行に限定したり、トンネルや橋といった制御がシビアになる場所には行かないように設計したりするなど、シーンを限定することで導入するハードルは下がると思います。また、人が完全に手を離した自動運転車を公道で走らせるのは難しくても、ドライバーを補助するアシステッドドライビングの技術はどんどん搭載され、運転の安全性は増していくでしょう」(ジマー氏)。
実際にLyftが自動運転車の導入を進めているのがラスベガスだ。自動運転タクシーのサービスを2018年5月から開始し、乗車回数は5万回を超えたという。アンケートでは、乗客の92%が安全と感じたそうだ。想像するような自動運転の未来は、ある日突然起こるのではなく、今後10年で徐々に実現していきたいとジマー氏は語る。
日本では三木谷氏が話す通りタクシー業界の反発もあり、いまひとつライドシェアは普及していないが、車社会のアメリカをはじめとした海外ではLyftのようなサービスを多くの人が抵抗なく利用しているという。ライドシェアのような移動サービスを提供することは、日本においても極めて重要で、楽天としては今後も努力をしていきたいと三木谷氏は話してカンファレンスを締めくくった。
構成・文:藤原達矢
編集:アプリオ編集部