又吉直樹原作 山﨑賢人のダメ男ぶりに何故か惹かれてしまう、恋愛優等生になれない2人の愛を描いた映画『劇場』

又吉直樹原作 山﨑賢人のダメ男ぶりに何故か惹かれてしまう、恋愛優等生になれない2人の愛を描いた映画『劇場』

新型コロナウイルスの影響で新作映画の公開延期が相次ぐ中、劇場公開と同時にネットでの配信を開始することで話題となった映画『劇場』。

又吉直樹の同名小説を原作に、『世界の中心で、愛をさけぶ』や『リバーズ・エッジ』などで知られる行定勲監督が手掛けたこの作品は、夢を追いかけたことのあるすべての人の胸を打つ、痛切な恋愛映画です。

売れない劇作家・永田(山﨑賢人)と、女優を志して上京しながらも、服飾関係の学校に通う傍ら、永田を養うことになった沙希(松岡茉優)が狭いアパートで愛し合い、憎み合う姿を赤裸々に描いています。夢を追いかけることは美しいことばかりじゃない、ずるくて醜いこともいっぱいあるんだと正直すぎるほどに正直に見せ、この世の中には恋愛優等生ばかりではない、不器用な愛し方しかできない人もいるのだということを描いています。

互いを駄目にしているのに離れられない2人

永田は高校時代、友人の野原(寛一郎)に誘われ、小劇場で見た舞台に衝撃を受けて劇作家を志すことに。野原とともに「劇団おろか」を立ち上げ、意欲的に新作を作り続けますが、彼の作る内容は前衛的すぎてなかなか多くの人の理解を得られません。

金も仕事もなく絶望的な状況に陥った永田は、ある日、沙希と出会い、恋に落ちます。

沙希は、永田の言うこと、やることにほとんど反対せず、いつでも彼を肯定します。そのことがかえって永田にはプレッシャーに感じられる時もありました。

そして、永田はどんどん追い詰められていきます。沙希の稼ぎで食わせてもらっている状態が長く続いていることの罪悪感から、沙希にもつらく当たるようになっていくのです……。

原作者の又吉直樹氏は、この小説を「恋愛がわからないからこそ書いた」と語っています。2人はなぜ愛し合うのか、はたから見ても意味不明であっても、そういう愛が確かにあるのだと、観客に強い印象を与える作品です。

舞台人の街、下北沢のリアルな空気

本作の主人公・永田は劇作家という設定なこともあり、物語の主な舞台は小劇場がたくさんある下北沢です。この街には実際にたくさんの役者や演劇関係者が暮らしており、永田や沙希のような若者も多く暮らしています。彼らのように夢破れたり、ぐしゃぐしゃになったりする人がたくさんいる街なのです。

本作はそんな下北沢のリアルな空気感が切り取られており、実際の小劇場もいくつか登場します。下北沢在住のミュージシャン・曾我部恵一氏が音楽を担当しているのも、下北沢をよく知る人にとってはうれしいところです。

駄目な奴は駄目で、現実の社会で認めてはいけないのかもしれないけど、それでも人間でも、文学や映画の中でくらいは愛しく見つめてもいい。この映画は、そんな風に思える作品です。

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構成・文:杉本穂高
編集:アプリオ編集部