「ビットコインなどの暗号通貨は、現在流通しているお金のしくみとは違うが、実は鎌倉時代の日本の通貨と共通点がある」「フリマアプリやショッピングモールといった現代のプラットフォーム・ビジネスの基本は、戦国時代にその原型ができあがっていた」。こんな話を聞くと、どう感じるでしょうか。ちょっと耳を疑いますが、経済学を学ぶ上で、歴史は大きなヒントになります。
本書は、歴史を読み解いて経済学を身に付けることを目的にしています。貨幣やインセンティブ、株式会社(企業システム)などの基本的なことから経済学の基礎用語まで7つのトピックスに分け、それぞれをいくつかの史実から詳しく説明しています。ここでは、経済学を歴史で学ぶ理由や、経済学の基礎となる暗号通貨ついて紹介します。
参考文献:『日本史で学ぶ経済学』(横山和輝著/東洋経済新報社〔2018年10月出版〕)
なぜ、経済学を歴史で学ぶのか
「なぜ売り上げが伸びないのか」「どうしたら事業を改善できるのか」など、解決策を探して悩んでいるビジネスパーソンが多いのではないでしょうか。また、経営者もマネジメントや資金繰りに頭を悩ませがちです。これらの問題を解決するためには、順序立てて状況を整理し、集団行動や組織のあり方について見直さざるを得ません。
このとき役に立つのが、経済学です。経済学は、取引相手に与える対価や見返りを決める値段の決め方とその仕組み、人間がどのような行動に出るのかという知恵をまとめてきた学問。世の中に人と人との取引や「やりとり」がある以上、経済学の出番がなくなることはありません。ビジネスパーソンも、経済学を学び直し、思考法を身に付けることは重要なスキルになります。
なぜ、経済学を歴史で学ぶとよいのでしょうか。実は、歴史は経済学を考えるヒントの宝庫なのです。例として、現代ビジネスの現場で重要な、企業組織の効率化やコストカットについて、徳川時代の財政難の克服方法を引き合いに出して考えてみましょう。
第5代将軍・徳川綱吉は、人材削減を断行しましたが、第8代将軍の吉宗は、反対に人員を増やしています。両者の政策で財政難を克服できたのかどうかなどの結果は、歴史を見れば明らかです。
歴史を紐解いていくと、当たり前に思っていたルールを見つめ直すきっかけになることもあります。市場経済や企業組織の中には、人々の行動をうまくデザインできているものもあれば、不必要な制約を課しているだけのものもあります。
足尾銅山で採掘された鉱石を銅線などの加工品に製造していた日光電気精銅所では、1日12時間という長時間労働や出来高制による給料の支払いによって、粗製濫造や労働者のインセンティブが問題になっていました。そこで、労働者のモチベーションを上げるために勤務時間や賞与を設けるなどして、問題を解決。当たり前のように扱われているルールや慣習に少し手を加えるだけで状況を改善・改悪したという記録が歴史にはたくさんあるので、歴史の知恵や失敗を参考資料にすると、不確実な要素を減らし、成功へと準備を整えやすくなるのです。
貨幣の一般的受容性とは?
近年、ビットコインをはじめとする暗号通貨について議論が活発化しており、なんと4桁に達する種類が出回っています。ビットコインの登場とともにブロック・チェーンへの注目も集まり、決済システムなどのプラットフォーム・ビジネスに幅広く応用されています。すでに何らかの暗号通貨のビジネスチャンスに恵まれている人もいるでしょう。しかし、暗号通貨をめぐるさまざまなトラブルが頻発しており、理解を深めるべきです。暗号通貨の特徴を理解するヒントとして、鎌倉・室町時代の貨幣経済について見てみましょう。
鎌倉・室町時代に流通した中国銭を考えると、「貨幣の一般的受容性」という性質がわかります。一般的受容性とは、誰もが交換手段として受け取ってくれる性質のこと。交換する際に相手に差し出す物品が一般的受容性を持つかどうかで、貨幣の価値が違ってくるのです。
朝廷は、708(和銅元)年発行の和同開珎(わどうかいほう)から958(天徳2)年の乾元大宝(けんげんたいほう)まで、財源確保の目的で12種類の銭貨(皇朝十二銭)を発行しました。しかし、10世紀になると人々はこの銭貨を使うことを嫌がります。なぜなら、銭貨が粗悪でも物価統制例によって高い値段で売買することが強制されたり、偽造貨幣の取り締まりと称して役人が物品を没収したりするなど、人々が貨幣制度に対して不満を持っていたためです。その代わりに米や布といった物品が交換の手段に使われるようになりますが、そこで流入してきたのが、宋との貿易で輸入された中国銭です。当時の日本の主要輸出品は銅や硫黄などの鉱山資源でしたが、宋からの輸入品の1つに宋の銅銭がありました。その後も元や明などの中国王朝との貿易を通じて銅銭が流入し、それぞれの王朝の多種多様な銅銭が流通するようになります。
鎌倉・室町時代に流通した中国銭と暗号通貨との共通点
日本国内で中国銭が流通していることを知った朝廷は、1179(治承3)年に私鋳銭(偽造貨幣)と同一である、つまり自分たちの認める貨幣ではないと中国銭の使用禁止令を出します。しかし、中国銭の利用率は1210年からおよそ100年で25%前後から75%前後へと拡大し、流通し続けました。その理由は、「一般的受容性」を備えたことに他なりません。自分の欲しいものを手に入れるために相手に差し出すものを交換手段と呼びますが、受容性のある物品を交換手段として所持していれば、自分の欲しい物やサービスを入手しやすくなります。ところが、自分の差し出した物品を相手がいくら気に入ったとしても、相手の差し出した物品が気に入らなければ取引は成立しません。
貨幣とは、一般的受容性を備えた交換手段です。その当時一般的受容性を備えた貨幣が中国銭であったため、欲しい物品と引き換えに中国銭を渡した場合、受け取った相手が次の取引で中国銭を差し出した場合でも、欲しい物品と交換できたのです。
貨幣が一般的受容性を備えるプロセスには2つあります。ひとつは、中央集権的な権威が制度整備を通じて特定の交換手段に社会的通用力を与えて人々の信任を得るというプロセス。中央銀行や政府が貨幣・硬化を発行し、偽造を取り締まる現代の各国の貨幣制度はこのパターンです。中央集権的な権威を必要としない、分権的な枠組みの中で人々が特定の交換手段を信任するパターンもあり、鎌倉・室町時代に中国銭が流通するようになったのもこのプロセスです。現代における暗号通貨も、ブロック・チェーンによる分権的仕組みを基礎としています。したがって暗号通貨における信認は、現代の中央銀行によるものよりも鎌倉・室町時代の中国銭に類似している要素があるのです。
暗号通貨は、さまざまなビジネスマッチングの機会や決済サービスを生み出すものとして期待できる側面はありますが、まだまだ課題もあるのが現状です。貨幣の一般的受容性を理解する際に、鎌倉・室町時代の中国銭の歴史を紐解くことが有効だったように、貨幣の歴史を振り返ることは、私たちの生活やビジネスにおいて暗号通貨がどのように姿を変えていくのかといったことを考えるヒントにもなり、日本史を紐解くことで貨幣だけでなく、経済学の重要なトピックスを学ぶことができるのです。
東洋経済新報社のコメント
GAFAの台頭やビットコインの登場など、社会や経済が新たな局面を迎えています。企業だけでなく、ビジネスパーソンにとってもこれから迎える新時代をどう生きるか、どう戦うかが、大きな課題となっているのは明白です。そのヒントを探るために、「歴史から経済学を学ぶ」というテーマで本書が執筆されました。
「最新の経済事象を理解するのに、なぜ歴史から学ぶのだろう」と疑問に思うかもしれませんが、プラットフォーム・ビジネスも仮想通貨も、その本質的な考えは、実は古くから存在しており、変わっておりません。日本史という、一見縁の遠い世界から、GAFAやビットコインの本質を理解するヒントを得られるのが、本書のユニークなポイントです。
これからも次々と、新しいテクノロジーを使ったビジネスや商品が登場していきます。しかし、つきつめればそれらはすべて「人と人とのやりとり」であり、その本質は変わりません。華々しく紹介されるテクノロジーやバズワードに惑わされず、「人の営み」に目を向けることが、今の時代にも重要ではないかと考えています。
構成・文:吉成早紀
編集:アプリオ編集部