いつもと一味違う旅行をしたい人へ ダークツーリズムのすすめ

2019-01-26 9:39
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いつもと一味違う旅行をしたい人へ ダークツーリズムのすすめ

「ダークツーリズム」という言葉を聞いたことはありますか。どんな地域にも、戦争や災害、病気、差別、公害といった悲しみの記憶があります。これらの地に赴き、人類の悲しみの記憶を巡る旅のことを「ダークツーリズム」といい、世界的に人気を博しているそうです。

日本ではそういった負の遺産へ気軽に観光することへの抵抗感が強い印象がありますが、その地域が持つダークサイドを知り、改めて見直してみると、その地域がまったく違って見えてくるのです。

今回は、ダークツーリズムの入門として『ダークツーリズム 悲しみの記憶を巡る旅』を取り上げ、ダークツーリズムの意義から、日本屈指の観光都市として有名な「小樽」や東京からアクセスしやすい「長野」のダークツーリズムポイントを紹介します。地域のダークサイドを読み解き、いつもの観光旅行とは少し違った旅に挑戦してみてはいかがでしょうか。

参考文献:『ダークツーリズム 悲しみの記憶を巡る旅』(井出明 著/幻冬舎〔2018年7月出版〕)

ダークサイドを見る意義とは

防災の世界では、しばしば「人は二度死ぬ」というフレーズが語られます。肉体的な死が1度目の死であるのに対し、その人を知る人がいなくなってしまうことを2度目の死と呼んでいるのです。それは人だけでなく、地域の記憶も同じこと。洪水の多い地域には「蛇崩」や「蛇谷」といった地名が名付けられ、地蔵が置かれていることがありますが、開発などによってこれらが除かれてしまうケースも。地域からこの地で生きて死を迎えた人々の記憶が失われてしまえば、災害への恐れや備えを忘れ、現住する人々にとっては想像もできない新たな死を迎えることになるのは簡単にイメージできるでしょう。

悲しみの記憶を失うことの弊害は、生死の問題だけではありません。例えば、福島第一原発事故は記憶に新しいですが、北関東のホテルで福島ナンバーの車を拒むなどの差別が発生しました。放射能に対する科学的無知が被災者を拒絶するという、あってはならない状況を生み出してしまったのです。勉強や学びなどと堅苦しく考えず、ただ悲しみの場に赴いて過ごしてみると、何か心に感じるものが出てきます。これらの経験を重ねてきたツーリストの多くは、自分の人生を大切に思う気持ちや、自分の命を何らかの形で役に立てたい気持ちが沸き上がり、内的なイノベーションが起こるといいます。

このように、ダークツーリズムは人間の再生の機会を与える旅として非常に大きな可能性を秘めており、負の遺産を持つ地域にとっても、ダークサイドの研究や商品開発が新しい価値を見出す契機となり得るのです。

日本屈指の観光都市、小樽のダークサイド

ダークツーリズム 小樽運河

多くの観光客が足を運ぶ小樽運河

まずは、毎年700万人が訪れるといわれる観光先進地・小樽のダークサイドについてお話ししましょう。小樽に訪れたら何をするでしょうか。小樽は運河が有名で、運河通りの散策などが人気ですが、観光客の平均滞在時間は4時間ほどといわれており、運河での散策を終えると札幌に向かってしまう旅客が多く、夕方4時を過ぎると人もまばらになってしまうそうです。果たして小樽には滞在時間4時間ほどの価値しかないのでしょうか。

小樽は、19世紀末に外国貿易の拠点港として整備され、莫大な富が流れ込んでさまざまな人が移り住み、文化も発展しました。現在は金融資料館として活用されている日本銀行旧小樽支店や、旧日本郵船株式会社小樽支店などは、この頃に作られた建物として有名です。一方で、経済的な繁栄を極めた地域には遊女が集中する傾向がありました。小樽では明治国家体制における遊郭や、権力が事実上手入れをしない「曖昧屋」と呼ばれるいわゆる「ちょんの間」ができ、火事によって遊郭が内陸に移転したことによって歓楽街が活気にあふれていったそうです。現在は遊郭の名残はほとんどなく、放火のための都市計画として極端に広い道路が整備されたことがわかる程度ですが、港湾労働者が多かったために手軽に食べられて腹持ちのよい餅の食文化が発達し、今でも街の至る所に餅屋があります。

高度な経済都市であった小樽では文芸も花開き、文化の拠点であった小樽商科大学からは小林多喜二や伊藤整といった文学界の巨匠を輩出しました。多喜二が勤めた銀行は、今は似鳥美術館として観光客の目を楽しませていますが、拷問死という壮絶な最期を迎えた彼が共産主義に傾倒していく足跡をたどると、大正デモクラシーの残滓も垣間見え、自由な時代の崩壊や強制労働の悲しみ、下層労働者の苦しみが感じられて物悲しさが募ります。

小樽運河の北に位置する手宮の小樽市総合博物館本館には往年の列車が並んでおり、多くの鉄道ファンが訪れる場所です。手宮線は、小林多喜二も勤務先への移動に利用していたといわれており、この地は手宮線の始発であった手宮駅があり、廃線になった今でも踏切や路線が確認できます。一見平和に見えるこの土地ですが、実は1924年に大規模な爆発事故を起こしており、小樽近代化のために働いていた多くの人がここで亡くなっています。近代化の発展の過程で産業災害が起こるのはやむを得ないかもしれませんが、博物館の展示ではそれに触れることはなく、現場には慰霊の場もありません。小樽市は公式ホームページの「おたる坂まち散歩」でこの事故の悲しみに言及していますが、鉄道観光だけでなく近代化で犠牲になった人々の悲しみも感じて欲しいものです。

また、小樽市総合博物館付近にある手宮公園は美しい桜で知られており、市民の憩いの場でもありますが、20世紀初頭の極東での虐殺事件の悲しみを背負う場所でもあります。小樽は地理的にロシアに近く、独特な歴史が生まれました。20世紀初頭、世界では社会主義革命の動きが活発になり、ロシアでは1917年に革命が起きました。ニコラエフスク(日本名:尼港)は小さな港町で、1920年当時は反革命勢力の統治のもと、多くの日本人が住んでいましたが、革命軍の手に落ちて反革命勢力の関係者や一般市民、たくさんの日本人が虐殺されました。小樽はシベリアや樺太方面の積出港であったため、慰安活動が高まり、犠牲者の遺骨は手宮公園の慰霊施設に納められたのち、現在は小樽中央墓地(いわゆる「最上のお墓」)に眠っています。手宮公園と博物館は距離的には大変近いので、この街が抱えている悲しみを、歩きながら共有したいものです。

若者や女性の悲しみを見る、長野のダークツーリズム

ダークツーリズム 無言館の石碑

第二次世界大戦中、戦争のために命を落とした学生たちの作品が展示されている無言館の石碑。ペンキの汚れがあるが、あえてそのまま展示している

夏の避暑や、真田幸村の故地として歴史ファンが多く訪れる長野にも、若者や女性の悲しみを抱えた、ダークツーリズム目的で来訪する人も少なくありません。最初に、「無言館」という美術館を紹介しましょう。

美術館といっても有名な画家の作品は一枚もなく、展示されているのは戦没学生の作品で、美術を学んでいた学生たちが出征前に描いたものが大部分を占めています。それらの絵を見ると、絵を愛していた若者たちが描くことをあきらめ、戦地へ赴かなければならなかった当時の気持ちや、生命力などが感じられることでしょう。無言館に展示されている作品には故郷の風景や親族の肖像画、恋人のヌードなどがあり、著者は死を間近に意識しながら最後に作られた作品の気迫を感じ、芸術作品の特別な価値に初めて気づいたそうです。

無言館を後にして普通の観光をするならば別所温泉方面へ行き、安楽寺にある国宝の八角三重塔を見るのも良いですが、宿泊施設として戸倉上山田温泉を紹介します。戸倉上山田温泉は近代の信州の観光からは取り残されてしまった地域で、車以外でのアクセスが難しく、多くの旅館が廃業してしまっている温泉街です。上山田温泉株式会社の温泉資料館に当時の歴史が詳しく展示されており、温泉芸者の写真やパネル、芸者衆の生活をしのばせる空間の再現などが目を引きます。

温泉街には芸者以外にもさまざまな事情から流入し、仲居として生活した多くの女性がいました。今でいう夫のDVから逃れ、子供とともに流れ着いた女性も多かったそうです。この展示を中心的に作成した元中学教諭の滝澤公男氏は、こうした事情を抱えた子どもを住民票なしで就学させるために骨を折り、地域の学校教師は夫の借金取りなどから母子を守る役割も果たしていたといいます。実は、温泉街の悲しみを記述している書物は数少ないのですが、この地を訪れるときは著者が執筆した『観光とまちづくり―地域を活かす新しい視点―』(古今書院)を携えて見学してみてください。

担当編集者からのコメント

ダークツーリズムとは、災害、病気、差別、公害といった地域の影の側面を観光すること。そういった旅が、いま世界的に人気です。

しかし、日本では、それらの舞台を気軽に見てまわることへの抵抗感が強く、なかなか根付いていません。

しかし、本当の悲劇は、歴史そのものが忘れ去られること。いろんな人が見ることで、人々の記憶には残り、その反省も後世に残っていきます。

本書は、経済発展の裏で多数の非公認遊郭が存在した小樽、波照間島から強制移住させられた人々がマラリアで大量死した西表島、地元企業チッソの廃液で発生した水俣病によって死の海を抱える町という偏見に苦しんだ熊本・水俣など、代表的な日本のダークツーリズムポイントを紹介。

未知なる旅を始めるための一冊となっています。

【Kindle版】ダークツーリズム 悲しみの記憶を巡る旅(幻冬舎新書)
【書籍版】ダークツーリズム 悲しみの記憶を巡る旅(幻冬舎新書)

構成・文:吉成早紀

編集:アプリオ編集部