ヘルスケアIoTによって、私たちの生活はどのように変わるのか? 専門家が解説

ヘルスケアIoTによって、私たちの生活はどのように変わるのか? 専門家が解説

介護や医療、予防・未病、ヘルステックをテーマに展示商談会を行う「Care Show Japan 2020」が2020年1月28日~29日に開催された。「ヘルスケアIoTはライフスタイルを変えるか?」をテーマに、専門家がヘルスケア分野でのIoTの活用の取り組みや今後の展開などについて語った。

これからはデータが重要な時代になる

近年、AIやIoTといったキーワードをよく目にするようにり、私たちの生活を大きく変えると言われている。これをDX(デジタルトランスフォーメーション)と呼び、AIやIoTがどうやって社会を変えるのか注目を集めている。

そんな現代で特に重要なのが、「データ」だ。慶応義塾大学医学部医療政策・管理学教室教授の宮田祐章氏によると、「今の時価総額の世界トップ10がデータを扱う企業」だという。

データメジャー企業のGoogle、Amazon、Facebook、Appl

データメジャー企業のGoogle、Amazon、Facebook、Appleの4社合計売上は、10年間で7倍に増加した

「資本主義経済ではモノで社会が回っていたため、20世紀まではモノづくり企業がトップを走っていた。しかし、2012年頃からGAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)などのデータ企業が台頭し、時価総額はモノづくり企業の数倍にまで成長している」(宮田氏)。

また、データの活用法にも変化が生じているという。今までは、例えば映画なら、「白人向け」「若者向け」など、集団で顧客ターゲットを据えて作品を作ってヒットが生まれていた。それが映画業界のあたりまえの姿になりつつあったが、ネットフリックスが登場したことで、その図式は大きく変化した。なぜ、ネットフリックスがそこまで人気を博すようになったのか。宮田氏は、「個人一人ひとりをつかんで価値を作ったことに理由がある」と述べる。

「ネットフリックスは、『LGBTから見た世界』『職人たちの世界に焦点を当てる』など特定のターゲットに刺さる作品を作っている。今までは映画館を満員にするような作品を作る必要があったが、個をつかむことによってビジネスとして成立している。一定の水準まで達すると質も高めることができるので、世界に通用するようになった」(宮田氏)。最近のアカデミー賞をネットフリックス作品が受賞したのも、時代の大きな価値変化だといえるだろう。

ROMA/ローマ

2019年にアカデミー賞を受賞した『ROMA/ローマ』は、ネットフリックスが配給した映画だ

これは、ヘルスケア業界にも言えることだ、と宮田氏は主張する。「1カ月ほど前に製薬会社の会長と話をしたが、『薬を売る時代は終わった、薬を売るだけでは勝負できない』と言っていた。つまり、患者さんには『自分の仕事を精一杯やりたい』とか『子育てをしたい』など、それぞれ目的が違うため、その中でどう症状をコントロールできるかが重要視されるようになっているためだ。病気が治らなくてもその人らしく生きることにコミットしていかないと企業は生き残ることができないと考えているのだという。生命保険も契約を売るだけではなく、その人の人生にコミットするものを提供できるところが勝者になっている。これがデジタルトランスフォーメーションの本質だろう」(宮田氏)。

つまり、いかに顧客の経験をデータから得るかが重要になるわけだ。

データ駆動社会

データによって駆動する社会に向けて、アメリカ、EU、中国では体制が整いつつある

基本的人権の1つに「データの保護」が追加されるようになる

ところが、いくらデータを集められたとしても所有者を決めておかないと有効に活用できないという問題がある。今まで集められていたデータは国家や企業のものだったが、誰が権限を持つのかという問題が浮上し、有効活用ができていなかったのだ。

「今後は、データは個人情報になるため、その保護が基本的人権になると思っている。GDPR (編集部注:EUの個人情報保護に関する規則を定めたもの)では『ライフアクセス』と言っており、これが21世紀の新しい基本的人権になるだろうと言われている。データは単に個人が持つ所有財ではなく、より多くの人のデータを集めることによってよりよい医療を受けられるようにもなるため、共有財にもなってくる。これによって、経済の軸も大きく変わっていくだろう」(宮田氏)。

GDPR

GDPRでは、これまで個人を特定する情報とされていなかったIPアドレスやIDFAなどの端末識別子を個人情報として扱い、そのデータを利用する際はユーザーからの同意が必要であるなど、日本よりも厳格な個人情報保護の管理体制が敷かれている

データ活用によって医療全体が変化する

企業や民間、行政などが個人のデータを扱うようになると、データ提供に同意したユーザーのデータを活用して、より良いサービスを展開することができる。

具体的には、健康に生きるためのヒントを得られるようになる。従来の医療は病気を治すか、病気にならないために施されるものだった。しかし、現代では長寿化が進んでおり、高齢者も元気に過ごせるようになっている。川崎市では、100歳の元気な人のデータを取りながら行政データと連結し、健康を保てている人たちの手掛かりを探るプロジェクトを行っているのだという。これにより、誰もが健康で長生きする糸口が見つかると期待されている。

高齢者のモニタリング事業

川崎市でおこなわれている高齢者のモニタリング事業内容

また、医療にも変革が起こる。すべての医師が完璧な知識を持つことが重要視されていた流れが変わるのだ。現在、特異な病気については、すべての医師がその知識を把握するのは難しい。そこで、病気の健診時に簡単な質問に答えるワークシートを用意しておき、それに患者が回答して最後に医師へとデータを連結できるようにしておけば、その医師が例えその特異的な病気を知らなくても、検査や病院のあっせんなどのサポートができるようになる。

COPDを診断するためのシステム構築・研究

那覇市では、すでにたばこなどの煙の有害部室が原因で呼吸がしにくくなる病気のCOPDを診断するためのシステム構築・研究が始まっている

さらに、今や誰もが持っているスマホやスマートスピーカーなどに、例えば咳だけを録音するという機能を搭載させれば、出た咳がぜんそくなのか特定の病気の前兆なのか、体調が悪くてたまたま出た咳なのかを把握して、本人が自覚してないところからサポートを始めることができる。「病気を発症する手前からアプローチするものが今後出てくるであろう」と宮田氏は推測する。

この例のように、医療の今までの仕組みも大きく変化すると予測される。つまり、より患者に寄り添った医療モデルが登場するのだ。例えば、薬の情報が登録されたデータベースと電子カルテを連携すると、薬名を打ち込んだ時に、患者に適切かどうかを自動で判断したり、何が禁忌とされるのかを教えてくれるのだ。すると、薬を吟味する時間を、患者へ寄り添う時間に費やすことができる。

特定の薬品に対する禁忌チェックシステムの例

特定の薬品に対する禁忌チェックシステムの例

「日本の薬剤師は絶滅すると言われているが、イギリスは絶滅しない職業のトップランカーに入っている。それは、一人ひとりの症状を診て寄り添うことが仕事になっているからだ。典型的な説明はもうAIで十分なので、これから日本の薬剤師が生き残るためには、患者に寄り添うことを新しい専門性にしていく必要があると思っている」(宮田氏)。

また、治療をした後もどれだけ患者に寄り添えるかが重要になっているという。というのも、外科医は手術をおこなうが、残念ながらあまり患者の痛みに関心を払ってこなかったのだ。

「実は、痛みを我慢すると本人が辛いだけではなく、生存本能が低下する。本人のためにならないばかりか、命を失いかねないため、社会的な損失になる。最近では、アプリを作って患者の痛みに寄り添うプロジェクトも始まっている」(宮田氏)。

30年前は日本男性が60歳を超えると2割の人はすぐ寝たきりになり、多くの人は70歳を超えるあたりから徐々に動けなくなってくると言われていたが、1割はまったく医療処置をすることなく、最後までお仕事ができるといわれていた。現在、この1割の健康な人が増えており、今後もますます増えていくと考えられているため、よりヘルスケアが重要になってくると考えられる。

ヘルスケアとIoTの未来展望

さまざまなプロジェクトを通し、宮田氏は「現場の外科医たちと交流することによって、我々は思った以上に患者さんに寄り添えてなかったことを実感した。これからは、薬の使い方が変わってくる。今までは痛みを感じてから薬を使用していたが、一人ひとりがAIとつながることによって、痛みが出る前から予防的な薬を使うことも可能になる。すると、薬そのものの価値が変わるはずだ。薬をどう使うかというアルゴリズムそのものが大事な時代になってくるだろう」と、ヘルスケアとIoTの展望を語った。

これからは、個々人の経験的なデータを扱うことによって、単に薬を売るのではなく、痛みを取り除いたうえでその人らしく生きられることにコミットした医療が展開していくだろう。

構成・文:吉成 早紀
編集:アプリオ編集部