キャッシュレスの普及は官民連携のキャンペーンが欠かせない? 韓国の事情から考える

キャッシュレスの普及は官民連携のキャンペーンが欠かせない? 韓国の事情から考える

KONA International カントリーマネージャー 笹井幸一郎氏

今の日本は、キャッシュレス文化へ移行する過渡期と言えるだろう。「LINE Pay」や「PayPay」など、さまざまな決済サービスが雨後の筍のごとく登場し、キャッシュレス決済の覇権を激しく争っている。

そんな日本を尻目に、キャッシュレス決済を隅々まで浸透させている国が、お隣の韓国だ。経済産業省のデータによると、2016年時点で、韓国のキャッシュレス比率は96.4%に達している。一方、日本はわずか19.8%。経済産業省が2018年に策定した「キャッシュレス・ビジョン」の数値目標でさえ、2025年までに約40%と韓国の半分以下である。

6月13日、KOTRA(大韓貿易投資振興公社)が主催する「韓国 IT EXPO 2019」で、韓国がキャッシュレス大国になった背景や、いまひとつキャッシュレスが浸透しない日本の課題を探る講演が開催された。テーマは「世界最高レベルの普及率、韓国のキャッシュレスの現況と今後」。登壇した「KONA International」カントリーマネージャーの笹井幸一郎氏が、韓国でキャシュレス文化が浸透するまで過程や、日本における普及のカギを語った。

韓国がキャッシュレス比率90%を超えた背景

笹井氏は最初に、韓国のキャッシュレス比率が高まった背景を解説した。発端は、1997年のアジア通貨危機まで遡る。

「韓国は1997年のアジア通貨危機で、IMF(国際通貨基金)の支援を受けました。その際、韓国政府は、消費の活性化を促して経済の立て直しを図るために、クレジットカードを利用したのです。1999年から2000年にかけて、政府主導によるクレジットカード振興策が推進され、さまざまな施策が導入されました」(笹井氏)。

笹井氏によると、韓国政府はクレジットカードを普及させるために、次のような施策を盛り込んだという。

  • 所得控除:クレジットカード使用金額が年間給与所得の10%を超える場合、超過額の10%が課税所得から控除される。
  • 宝くじ:クレジットカードの利用控に記載された番号を対象にして、賞金が当たる抽選を毎月実施。
  • ポイントプログラム:利用金額の数%がポイントとして付与される。

ポイントプログラムの還元制度は日本でもおなじみだが、所得控除など、民間企業では実現できない税制面にも手を付けていることがわかる。さらに、政府はクレジットカードのキャッシング限度額を廃止して、徹底的に消費を促した。

これらの施策により、クレジットカードの利用者は急増し、現在の90%を超えるキャッシュレス文化の下地が出来上がったという。韓国では2000年の時点で、キャッシュレス比率が約30%に達している。

もっとも、2002年頃には破産者が急増し、債権の焦げ付きが社会問題化したそうだ。そのため、2005年以降は与信管理を厳格にしてブレーキをかけたが、決済端末の整備などは着実に進み、今ではクレジットカードによる決済が、韓国人の習慣になっている。

「日本では『なんだかんだ言っても現金が便利』という考えも根強いと思いますが、韓国人は『理由はわからないけど、なんとなくクレジットカードで払っている』といった感覚で、クレジットカード決済が当たり前の手段になっています」と笹井氏は話す。

キャッシュレス化 日本 韓国

KONA Internationalは金融や政府、モバイル向けの接触・非接触ICカードや指紋センサー搭載カードなどを製造・販売する韓国のFintech企業。ブースでは、指紋センサーを搭載したカード(写真上)や一部を切り取ってスマホに貼り付けられるカード(写真下)などを展示していた

キャッシュレス化 日本 韓国

QRコード決済の比率は低い韓国

日本人は「キャッシュレス」と聞くと、今話題のPayPayやLINE Payなどのスマホを使ったQRコード決済をイメージする人も多いだろうが、韓国では、ほとんど浸透していないという。

「キャッシュレス比率が90%を超える国なので、『QRコード決済も当たり前なんですよね』とよく聞かれますが、現状ほとんど普及していません。キャッシュレス決済全体では、クレジットカードの比率が、およそ80%を占めています」と笹井氏。

韓国には、「カカオ」が提供する「Kakao Pay」や、政府主導で2019年3月にスタートしたばかりの「Zero Pay」など、QRコードの決済サービスは複数あるが、普及はこれからだ。Kakao Payのキャッシュレス決済における比率は、約3%だという。

韓国で導入されている「地域電子マネーカード」

笹井氏が勤めるKONA Internationalで力を入れているのが、地方自治体などの顧客向けにオリジナルの施策を付与できる「地域電子マネーカード」だ。

笹井氏は、韓国での事例として仁川市で導入されている「仁川e音カード」を紹介した。仁川市は、市民が他の地域で買い物などの消費をする「域外消費」の多さに悩んでいる。仁川市の域外消費は全国トップの約52.8%。この問題を解決するために、仁川市は、地場での消費を優遇する地域電子マネーカードを導入して、域外消費を減らそうと考えた。

優遇施策の一つが、キャッシュバックだ。仁川e音カードを域内での買い物に利用すると、キャッシュバック+加盟店割引により、決済金額から最大13%が還元される。また、所得税控除も受けられるという。既存のクレジットカード決済端末やQR読み取り装置を利用できるので、店舗では導入コストがかからず普及も速い。加盟店は約17万5000店を数える。

ほかにも人口1250万人の京畿道では、「京畿地域通貨」と呼ばれる地域通貨カードを導入している。京畿道政府は、域内消費を優遇する施策のために、向こう3年間で1500億円の予算を投じる計画だという。

日本のキャッシュレス比率を上げるカギ

笹井氏によると、韓国は2000年代から普及してきたクレジットカードによりキャッシュレス決済が習慣化したことで、地域電子マネーのようにアグレッシブな施策でも普及しやすいという。日本はまだ韓国のフェーズには達していないというのが笹井氏の見解だ。

その上で、日本でキャッシュレス文化を普及させるカギとして、笹井氏は次のポイントを挙げた。

  • 域内消費のキャッシュバックや、所得控除など、政府・地方自治体主導による経済的なインセンティブ
  • 官民一体となった習慣化プログラムの設計
  • カード・決済端末の標準化やコストダウンなど、国際規格の準拠

「日本でキャシュレス決済を普及させるためには、地方自治体や政府主導で、経済的なインセンティブをどのように与えるかがカギになると思います。韓国では、所得税の控除や宝くじなど、一連のプログラムが整備されていて、国民が継続的に『使いたい』と思う設計がされていました。ポイント還元やキャッシュバックなどのバラマキも試しに利用してもらうという点では、一つの施策としてアリだと思いますが、長続きしないと習慣にはなりません。また、普及させるためには決済端末などを標準化することも重要だと思います」(笹井氏)。

笹井氏が強調したのは、官民が連携した施策の整備だ。今の日本では、さまざまな決済サービスが独自にキャンペーンを展開している。しかし、一時的に話題にはなっても、別の決済サービスが新しいキャンペーンを始めれば、ユーザーはそちらに注目するという「追いかけっこ」状態になっている。また、決済サービスによって使える店舗もバラバラだ。韓国は、屋台でもクレジットカードの決済端末が置かれているという。日本も事情が異なるとはいえ、もう少し規格や利用方法が統一されれば、普及が進むかもしれないと感じた。

構成・文:藤原達矢

編集:アプリオ編集部