国家崩壊の理由は脱税にあった──脱税の世界史(今週のおすすめ本)

国家崩壊の理由は脱税にあった──脱税の世界史(今週のおすすめ本)

歴史上、「税金のない国」は存在したことはありません。なぜなら、役人を雇って国家システムを整えたり、インフラを整備したり、他国からの侵略を防いだりするには税金が必要であり、税金がなければ国家は成り立たないからです。国の隆盛には必ず税金が絡むことになるのですが、世界史に登場する強国や大国は、どこも優れた税制度を持っているという特徴があります。

税金の影には必ず「脱税」も存在します。世界中の太古の文献にも記述があり、中国・秦時代の古文書には脱税に関する罰則が記され、古代ギリシャの詩の中には脱税者を取り上げたものも。脱税というと、納税金額をできるだけ少なくしたいがために細工をするというイメージが一般的ですが、圧制や重税に対する対抗として民衆が結託し、課税逃れに走ったり、富裕層や貴族が特権を活用して合法的に税を逃れたりすることもあります。こうして国の経済が乱れ、国家が崩壊してしまうこともあるのです。

本書は、元国税調査官の著者が税金や脱税を軸に、世界史をたどっています。古代ギリシャやエジプト、古代中国の秦、イスラム帝国やモンゴル帝国、フランスの市民革命、アメリカの独立戦争といった有名な世界史の出来事や時代だけでなく、ビートルズやプーチン大統領、GAFAと税金の関係にも触れています。税金という視点から歴史を眺めていると、これまでとは違った歴史のイメージが、きっと浮かび上がってくるはずです。今回は、古代最大の勢力を誇ったローマ帝国の崩壊を、税の視点から辿ってみましょう。

参考文献:『脱税の世界史』(大村大二郎著/宝島社〔2019年5月出版〕)

古代ローマを支えた、優れた税システムとは

ローマ帝国の脱税事情を語るために、まずは当時の税制について話すことから始めましょう。ローマ帝国は、地中海周辺から西ヨーロッパやアジア、アラブにまで勢力を伸ばした、古代世界を代表する超巨大国家です。古代ローマが現在のヨーロッパの礎を築き、当時つくられた都市の多くは、そのままヨーロッパの中枢都市になっています。強大な国には優れた税システムがあると言われていますが、ローマ帝国もその一つで、非常に効率的なシステムを持っていました。

古代ローマの共和政時代(紀元前509年から紀元前27年頃)は、ローマ市民が無報酬で行政官を勤めていたため、直接税はなかったと言われています。最低限の財政費用は輸出における関税や奴隷税で賄えていたのです。「奴隷税」は聞き慣れないかもしれませんが、当時のローマには奴隷制があり、奴隷は売買するときに2-5%の売却税がかかり、奴隷が自由になるときは奴隷の価値の5%の税金が課せられていました。ほかにも、市民には兵役の義務がありましたが、無報酬で1年間従軍する決まりになっており、軍隊はこの徴兵制によって維持されていました。

この頃は武器なども自前で調達することになっていましたが、兵役の義務が撤廃されると、国の財政で兵を雇って武器を支給し、「戦争税」が課せられるようになります。これは、持っている財産の種類によって税率が変わる仕組みで、宝石や高価な衣装、豪華な馬車などの贅沢品には最高10倍の税金が課せられるという、非常にユニークな税制度でした。しかし、ローマ軍が勝ち進んで領地が拡大すると、次第に戦争税は廃止されていきます。なぜなら、占領地から徴税ができたからです。古代ローマは、征服した土地をいったんローマの領土に組み込み、その土地を現地の住民に貸し出すという形で税を徴収します。そのため、各地から貴金属や収穫物などが集まり、それだけで国を維持できるようになったのです。

特に紀元前206~197年の10年間で、スペイン鉱山から金を約1.8トン、銀を約60トン献上され、この金銀のおかげで貨幣制度を整えることができました。発行した貨幣はそのまま国の財産になり、資源として使えるため、貨幣の鋳造技術さえあればほかに税を徴収しなくても財源を賄えるわけです。そのため、ローマ市民はほとんど税負担がなかったと言われています。一見非常に優れた税システムに見えますが、実はこの占領地から徴税することから増税や脱税が始まり、ローマ帝国が崩壊することになっていくのです。

占領地に課せられた過酷な税

ローマは征服地に対し、はじめはその地域でおこなわれていた従来の税を徴収していましたが、占領地の貢物に満足していたローマ市民は次第に要求が強くなり、紀元前130年頃にはローマの属州に対して「収穫税」を課すようになります。この収穫税は、徴税請負人に委託して徴税業務をおこなうもので、請負人はあらかじめローマ政府から5年分の税収を買い取るという仕組みでした。つまり、ローマ政府は5年分の税収を、請負人から一括して受け取れるということ。徴税請負人は莫大な資金力が必要になるため、結託して会社組織を作ります。

徴税請負会社はローマ政府に莫大な徴税権代金を支払っているのですから、当然それ以上の税を得ようとします。徴税請負会社には属州に対して強制的に徴税する権利が与えられていたので、徴税業務は過酷になっていきます。しかも、徴税請負会社は直接徴税せず、各属州で現地の下請け徴税請負人を雇うため、中間マージンを取ります。そのため、属州の税負担は重くなり、反乱を起こすところも出てきました。これが、ローマの財政に次々と打撃を与え、崩壊を加速させていきます。

特に衝撃だったのが「ミトリダテス大王の反乱」で、軍によって鎮圧されたものの、ローマの徴税請負人や商人合わせて10万人ほどが殺され、これによってローマ共和政は混乱し、帝政へと移行していきます。つまり、税金によって、政権の在り方が変わったということです。その後、徴税システムが見直されていきますが、ここから脱税が始まり、ローマ帝国は苦難を強いられることになります。

脱税の横行で崩壊したローマ帝国

ローマはその後、ローマ帝政の初代皇帝アウグストゥスが登場し、徴税請負人を通さず、政府が直接属州に対して徴税を行うよう改めていきます。次代の皇帝たちも必死に徴税システムの改善に努めましたが、簡単にはいかず、次第に税収が不足するようになります。すると、「悪貨の鋳造」をするように。「悪貨の鋳造」とは、金銀などの含有率をこれまでよりも減らした貨幣を作って、その劣化した貨幣を以前と同じ価値で流通させることで、政権が税収不足を補うためのオーソドックスな方法と言えます。

紀元前200年頃から作られるようになった「デナリウス貨」はローマ帝国内での中心的な貨幣となっており、当初は純銀でつくられていましたが、皇帝ネロの時代から銀含有量が減り始めます。紀元後200年頃には、初期のデナリウス貨の50%程度になり、紀元270年頃には5%まで減って、その後もさらに下がり続けました。

つまり、劣化した通貨を大量発行することで財源を補おうとしたわけですが、当然、激しいインフレが起こります。紀元200年頃には、小麦1ブッシェル(約36リットル)が200デナリウスだったのに対し、紀元344年には200万デナリウスにまで跳ね上がり、約1万倍のインフレが起こりました。現在の経済用語で言うところの、「ハイパーインフレ」ですね。

インフレを止めるには、通貨増発をやめなければなりません。しかし、通貨増発をやめると政府は財源がなくなります。そのため、政府は通貨増発以外に税収を得る道を探さなければならなくなり、キリスト教を国教とすることで、信者であれば国家に税金を支払うようにと仕向けて徴税することに成功します。

ところが、裕福な貴族や大地主たちは賄賂を使って税の免除を受けたり、安く済ませるようになります。つまり、脱税が横行したために、税収不足が解消されず、貴族や大地主の勢力が肥大化して国家の形態が破綻していったのです。その後、古代ローマは東西に分裂し、やがて衰退。増税をすることによって脱税する人たちが現れたことにより、ローマ帝国は崩壊したのでした。

このように、「税」の目線で世界史を見直してみると、今まで知っていた歴史とは違って見えてきます。また、今まで不可解に思えていた出来事の辻褄が見えてくることも。新たな視点で歴史を見てみたいと思った人や、世界史の脱税事情に興味を持った人は、ぜひ本書を手に取ってみてください。

宝島社のコメント

本書は、税制の歴史と問題点を⻑年調べてきた元税務調査官の著者が、「脱税」を通じて古代ギリシャ・エジプトから現代まで、歴史的な事件の背景を読み解いた一冊です。

ローマ帝国の崩壊、アメリカ独⽴戦争など、歴史の転換期の背景には、⼤規模な「脱税」と「税システムの機能不全」の問題がありました。国が税⾦を多く徴収しようとすると、庶⺠は疲弊し、⾦持ちは税逃れに必死になる。その⾏動が時に歴史をも動かしてしまい、国家滅亡の危機へつながってゆく…。

世界史を「脱税」という視点で⾒つめることで、新たな歴史的事実を想像して楽しめる内容となっています。

【書籍版】脱税の世界史

構成・文:吉成早紀
編集:アプリオ編集部

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