犯罪を取り締まる者と犯罪を犯す者。いつの時代も犯罪はなくならず、形を変えて両者の戦いは繰り返されているのですが、いつもそこには熱いドラマがあります。
犯罪には好き好んで巻き込まれたくはないし、いけないことだとわかっていても、そういう熱いドラマは人を魅了する力があります。
映画『潜入者』は、1980年代に実際におこなわれた大規模な麻薬捜査で活躍したベテラン潜入捜査官の物語です。潜入捜査はいつでも死と隣り合わせ、バレたらすぐに殺されるし、家族にだって危害が及ぶかもしれない。本作は、そんなスリリングな状況を活かした緊迫感ある展開が持ち味です。
生き延びるためには潜入先の犯罪者たちの信頼を得なくてなりません。それは、偽りの友情を育むことを意味します。しかし、そこに本物の友情が生まれてしまったとしたら。それでも任務は遂行しなければならない、そのためにはその友情を裏切るしかない。そんな熱い男と男の人間ドラマが展開されます。
友情をとるか、任務をとるか
1980年代のアメリカは麻薬の蔓延が深刻な社会問題となるなか、当時のレーガン大統領の方針の下、ドラッグ掃討に乗り出していました。
そんな中、ベテラン捜査官のロバート・メイザー(ブライアン・クランストン)は、麻薬の流通経路ではなく資金洗浄の流れを追うことを提案。ボブ・ムセラという偽名を用いて架空の大富豪になりすまし、資金洗浄をおこなっている銀行や麻薬組織に近づきます。
メイザーは架空の婚約者をでっち上げ、組織の中枢にいるロベルト・アルケイノに近づきます。巨大な犯罪組織の幹部は一体どんな悪人なのかと思いきや、アルケイノは意外にも紳士的な人物で、メイザーとその偽の婚約者キャシー(ダイアン・クルーガー)を手厚くもてなしてくれます。アルケイノ夫妻は一人娘を心から愛しており、子どもと妻を愛する気持ちは自分と変わらないことを実感したメイザーは、次第にアルケイノに対して友情を感じるようになっていきます。
しかし、潜入任務は大詰めを迎え、捜査班はメイザーとキャシーの偽装結婚式を画策。犯罪組織の中枢を一堂に集めて一網打尽を狙うのですが、いざ当日になると、メイザーとキャシーには迷いが生じるようになるのです。
アルケイノには過去にも裏切られた経験があります(トム・クルーズ主演で話題になったバリー・シールに裏切られた過去を持つ)。それゆえ人間関係にはとても慎重なのですが、メイザーの巧みな演技によって信頼してしまいます。潜入捜査官としてそれは凄いことなのですが、そんな純粋な信頼がメイザーの心を葛藤させます。
また、メイザーは実の家族を守りながらこの潜入捜査を成功させねばなりません。たまたま運悪く、実の妻と結婚記念日を祝っていたところに犯罪組織の関係者を出くわしてしまうシーンがあるのですが、妻を秘書だと嘘をつき、結婚記念日のケーキを粉々に破壊してしまいます。その姿に妻はひどく動揺しますが、家族を守るために嘘をつかねばならない苦しみが一層ドラマを盛り上げています。
そんな風に本音と嘘に引き裂かれながらも、任務を遂行していくメイザーは、多くの人の胸を打つでしょう。
ロバート・メイザーの今
この物語は1980年代が舞台ですので、事件の関係者の大半は今も存命中です。主人公のロバート・メイザーはその後も覆面捜査官として活動を続けました。その仕事柄、命を狙われることもあるので、公に姿を現すことはほとんどありませんが、本人はなんとツイッターアカウントを持っていて、捜査当時の写真をいくつか公開しています。
This is the cocaine found in the shipment- Roberto Alcaino’s load. #TheInfiltrator pic.twitter.com/KyFzUHnqx4
— Robert Mazur (@robertmazur) July 18, 2016
上の写真は、ロベルト・アルケイノの船の積荷にあった大量のコカインの写真だそうです。このように本人のツイートを見るとなおさら、映画のリアリティをより強く感じられます。このほか、壁の中に仕込んだレコーダーなど、捜査で実際に使ったと思われる装置の写真を公開しています。
映画の中では、覆面捜査を巡って妻と険悪なムードになるシーンもありますが、本人たちは今も幸せな夫婦生活を送っているとのこと。このように我々の生きている今の時代に、映画の登場人物も同じように生きているのだと思うと、自分たちとは関係のない遠い世界の話ではないのだなと思わされます。
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構成・文:杉本穂高
編集:アプリオ編集部