「このマンガがすごい!2023」にもランクインした『初恋、ざらり』(原作:ざくざくろ)がテレビ東京によってドラマ化され、現在U-NEXTで配信されています。 本作はSNSを中心に大きな話題となった作品。軽度の知的障害を持つ主人公・有紗とバイト先の上司・岡村の淡い恋を描いた物語です。
自分に自信が持てず、人に必要とされると無理をしてしまう性格の有紗と、普通であることを強いられてきた岡村。不器用な2人が時にすれ違いながらも、互いの想いを育んでいく様をあたたかな視線で見つめています。
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障害者にも健常者にもなれない狭間の存在
軽度な知的障害を持つ有紗(小野花梨)は、人に必要とされると無理でも受け入れてしまう性格。彼女が雇ってもらえる職場は少なく、コンパニオンの仕事をしていますが、男性客に迫られても拒むことができません。そんな自分を変えなくては、と配送センターの仕事を始める有紗ですが、他の人が当たり前にできることがなかなかできずに苦悩します。例えば、「AM・PM」が午前と午後を表すことを彼女は知りません。
同僚にも怒られてばかりの有紗ですが、人一倍学ぶ意欲はあり、せっかく手に入れた仕事を頑張ろうと懸命に努力を続けます。 そんな姿を温かく見つめてくれる上司がいました。35歳の岡村(風間俊介)はことあるごとに必死に有紗のフォローをし、有紗は今まで出会った男性とは違うと感じます。 一方、有紗のことが気になるものの、10歳も年が離れている「おっさん」の自分なんか相手にされないだろうと思い込む岡村。それでも共に日々を過ごす中で次第に心を通わせていく2人ですが……。
自分が知的障害者であることを隠している為、ばれたら嫌われるかもしれない……という思いに苦しめられていく有紗。同様に岡村も有紗が何を考えているのかわからない時があり、どうすればいいのか悩みます。
有紗の障害は見た目ではわかりません。しかし、それゆえに障害者として扱われず、かといって健常者にもなれない狭間の存在です。彼女は日常生活や仕事中、数多くの困り事に遭遇します。 本作では、そんな彼女の等身大の姿が映し出されます。周囲と同じように上手くできないことで悔しい思いをする一人の人間として、そして、愛されたいと願う一人の女性として、有紗の生き方が画面上に真摯に現れます。
原作者のざくざくろ氏は原作の後書きで、「自分の周囲にいる人々を描きたかった」と書いていますが、さまざまな障害を抱えた人の実情、そして周囲の人々の葛藤も非常にリアルに掬い取った作品と言えるでしょう。
普通ってなんだ
この物語は、岡村の葛藤も大きなポイントです。岡村は破天荒な兄のようになるな、と教えられて育ち、「普通」が一番という価値観で生きてきました。結果として彼はいつも普通であろうとし、周囲に波風を立たせないような振舞いを心掛けてしまいます。ある意味では普通であることを強いられてきた岡村が、有紗の障害を知った後どう接すればいいのかと戸惑う感情も、またリアルに描かれます。
障害を差別したくない、だから仕事の中でも特別扱いはしたくない。けれど、どうしてもフォローが必要な時もあり、日常生活の中でもどこかで無理している自分に彼自身が気付く姿も印象的です。
「罪悪感」に苛まれる岡村がいるその一方で、有紗の母親は彼女に「寄りかかるんじゃなくて、支え合うの」と心からの言葉を伝えます。しかし、どうやって支え合っていくのか。その問題点をこの作品は深く問いかけてくるのです。 本作は障害を持った人の心の葛藤と同時に、「普通」という曖昧な何かに囚われている人の姿を描いたストーリーとも言えます。普通の壁に苦しむ2人はどんな未来に向かって歩んでいくのか、最後まで目が離せない感動の秀作。小山絵里奈・元倉宏が手掛ける劇中のサウンドトラックも耳に残ります。
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本厚木のミニシアター「アミューあつぎ映画.comシネマ(現あつぎのえいがかんkiki)」の元支配人。ハフポスト、リアルサウンド、映画.comなど各種メディアにて連載中。自身のブログ「Film Goes with Net」では監督や俳優陣へのインタビューのほか、映画ニュース・レビューを日々更新中。