たとえ自分が自分でなくなろうとも、疑問を抱かず上の指示に従う、それが組織で生き残る方法の一つ。メガバンクや警察組織のような特殊な環境下でなくとも、何かの組織に属す限り、この結論にぶち当たったことのない人はいないかもしれません。現状を変えるのも上に逆らうのも、怖いものは怖い。戦わない姿勢が一番身近な幸せを約束してくれることのほうが多いからでしょうか。
世の中には、それでも戦う人がいる。正義の為に戦う人には必ず本当の友が寄り添い、誰も踏み消せない道程が残ります。ドラマ『小さな巨人』は、警視庁4万人のトップ「捜査一課長」を目指して異例のスピードで出世し続けてきた主人公が、些細なミスから左遷され、今度は所轄刑事として巨大警察組織の闇と困難な刑事事件に立ち向かっていく、まさに己の正義を武器に戦う男のストーリーです。
ドラマを盛り上げるのは、ずばりデキる男たちの勘。絶対的なものにも裏があるはず、と疑う勘以外に、出世をめぐる人間関係の駆け引きの中でも登場人物それぞれの勘がものを言います。
印象的なのは、長谷川博己演じる主人公・香坂が自分を嵌めた上司である捜査一課長・小野田に「解答用紙に名前さえ書けばお前は合格だ」と昇進試験を受験するよう強く勧められるシーン。香坂は、試験会場ではなく自分が不在の状態で行われるはずだった緊急捜査会議に乗り込みます。「もしあのまま昇進試験に行ったとしても、私は合格などしていない。違いますか?」。第1話のこのシーンで、「私は所轄刑事として捜査一課のあなたと戦ってみせる」と宣戦布告する香坂の姿は、ヒーロー誕生にふさわしい神々しさを放っています。それぞれが這い上がるための足の引っ張り合いや、警視庁本部による所轄が掴んだ手柄の容赦ない奪取。すべてギリギリの勘が大きな結論を導き出す様子は、手に汗握るシーンのオンパレードです。
メガバンク内の組織体制と戦う銀行員を描いた、TBSの大ヒットドラマ『半沢直樹』(2013年)を思い出させる下剋上ストーリー。『半沢直樹』で出世頭の悪役を憎らしいほどに演じ切った香川照之が、ここでは高卒の叩き上げで警視庁捜査一課のトップに上り詰めた、小野田捜査一課長を好演しています。誰にも心を読ませない、したたかな男の鋭い眼力は恐ろしいほどの威圧感。
「人生は苦痛ですか。成功がすべてですか。僕はあなたにただ会いたいだけ」と歌う平井堅の主題歌が、香坂や小野田の背景にばっちりハマり、同時にどこか自分の生き方をも見つめ直したくなります。事件の謎解き、出世争い、複雑な人間関係等々、従来の警察ドラマにはない視点を多く盛り込んだ、秀逸なエンターテインメントです。
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警察官としての誇りを胸に突き進む香坂と、彼の前に立ちはだかる人、そして事件
香坂真一郎(長谷川博己)は、 警視庁現場警察官のトップ集団「捜査一課」で活躍し、未来の「捜査一課長」を約束された敏腕警部。出世の為、現捜査一課長である小野田義信(香川照之)や元一課長の三笠(春風亭昇太)に可愛がられる努力に勤しんでいたある日、些細なミスがマスコミにリークされてしまいます。
信用していた上司の小野田は取り計らってくれず、彼の証言で所轄である芝署に左遷されてしまう香坂。精鋭集団だった捜査一課とは違う所轄のゆるい雰囲気に落胆するも、自分の足で地道に捜査する警察官としてのプライドを持った所轄刑事・渡部(安田顕)のひたむきな姿に触発されます。
そんな中、国内最大手のIT企業ゴーンバンク社の社長・中田和正(桂文枝)が誘拐される事件が管内で発生。「所轄で起きた事件は我々の仕事だ 」と意気込む香坂ですが、将来を有望視される捜査一課長付運転手・山田(岡田将生)に「あなたたちは何もしなくていいんです。これは警視庁捜査一課の命令です」と出足をくじかれます。
しかし、渡部が別件で追っていた事件と何らかの関係があることを確信した香坂は、捜査一課に戻る為の昇進試験を蹴って渡部らと共に事件の究明に挑みます。
果たして、香坂は組織ぐるみの難題事件を紐解くことができるのでしょうか。そして、所轄から捜査一課長に這い上がる為、彼がくだす決断とは。
対立しつつも、香坂の人間性と刑事としての実力に惹かれ、次第に彼の右腕となっていく山田。香坂の正義感と、真実を暴こうとする貪欲な姿勢に共感し、相方となって彼を支える渡部や所轄の面々。そして、「あなたが嬉しいならあたしはそれでいいのよ」といつも飄々として懐の深い妻・美沙(市川実日子)。
警察という特殊な世界を通して、地位や名誉や金銭も、信用ほどの財産にはかなわない 、と改めて教えてくれる本作。観始めたらあっという間に1時間が経過している、山場づくしの最高傑作です。