2011年9月、大手製紙メーカー・大王製紙で当時会長を務めていた井川意高(いかわもとたか)氏が、自身のグループ企業の子会社から総額約150憶円の資金を不正借り入れしていたというニュースを覚えているでしょうか。同時に、それほどの大金を必要とした理由が、106億8000万円にのぼるカジノの負け金を支払うためだったということも話題になりました。
これを聞いた多くの人々は「106憶円もの金額をカジノで失うなんて信じられない」「よっぽどギャンブルにハマっていたんだろう」と思ったことでしょう。しかし、カジノの世界ではこれだけの金額を一瞬で失うのは珍しくありません。カジノには誰もが入れる一般フロアだけでなく、政治家や財界の有名人など、一部の限られた富裕層だけが入れるVIPルームがあります。ここでは、100億円を超える勝ち負けも日常茶飯事です。天国と地獄を見るカジノに、なぜ人々は足を運ぶのでしょうか。カジノの存在は知っていても、その実態を知っている人はあまりいません。本書では、現在マカオでカジノエージェントをしている著者が、カジノの実態やカジノに訪れる人々について紹介しています。謎のベールに包まれたカジノの世界を解き明かしていきましょう。
参考文献:『カジノエージェントが見た天国と地獄』(尾嶋誠史著/ポプラ社〔2018年10月出版〕)
世界一のカジノ都市、マカオ
「カジノ」と聞くと、どんなことを想像しますか。「怖い」「危ない場所」「マフィアが牛耳っている」「事件に巻き込まれそう」など、日本人の多くは「カジノ=怖い場所」とイメージしがちです。ところが、日本でサラリーマンとして働いたのち、6年ほどマカオのカジノで働いている著者によると、危険な思いはほとんどしたことがなく、住みやすいとのこと。
マカオは香港と同様、中国の特別行政区として知られていますが、世界有数の一大観光都市であり、金融都市である香港に比べれば、「香港に行ったついでの観光地」「香港のおまけ」という印象が強い国です。しかし、いま世界で最も進化している街の1つとも言われ、カジノ事業が街を支える一大産業になっています。
「カジノがあると治安が悪くなるのでは」と懸念をする人もいますが、カジノが合法化されている国は多く、アメリカのラスベガスやヨーロッパのモナコ、韓国、シンガポール、マレーシア、フィリピンなどがあります。カジノによって治安が悪くなった国もあれば、治安が良くなった国もあり、その最たる例がマカオと言えるでしょう。
マカオは、人口約65万人、面積約30k㎡の小さな都市で、広さは東京都世田谷区の半分くらいの面積しかありません。カジノ自体の数やスケールの大きさでいえば、世界一を誇るのはラスベガスですが、その総売上の約7倍を叩き出し、マカオにあるカジノ施設が1年間に稼ぎ出す売上金額は、日本円にしておよそ3~4兆円にも上ると言われています。
なぜ、こんなに小さな都市が世界ナンバーワンのカジノ市場になれたのでしょうか。その要因の1つとして挙げられるのが、中国経済の発展です。これまで、マカオ内の企業がカジノを運営していましたが、2002年にマカオ政府がカジノの経営権の対外開放を実施し、アメリカをはじめとする外資のカジノ会社などが参入してカジノ市場が盛り上がりました。それと同時に中国本土の経済が発展したことで、多くの中国人富裕層が誕生し、マカオ発展に大きな影響を与えるようになったのです。
中国人がマカオのカジノを利用する理由
現在、中国の人口の10%が富裕層だと言われています。つまり、人口13億人のうち、約1億3000万人が貯蓄1億円以上を持っているということ。なぜこれほど富裕層が多いのか、理由はさまざま考えられますが、圧倒的な要因として言えるのは「市場の広さ」です。人口13億人ということは、どんなビジネス市場においても、日本よりマーケットが大きいのです。何かのビジネスでヒットを出せば日本市場の数倍の売上が出せるため、巨万の富を稼ぐ人々が続出ました。ただし、中国の税制度は資産家に厳しく、稼いだお金の大半が税金で消えてしまいます。そこで、稼いだお金を税金として徴収されないよう、資産家たちはマカオのカジノで使っているのです。
「わざわざマカオまで来なくても、中国で使えばよいのではないか」と思う人もいるかもしれませんが、実は、中国には富裕層が遊べるような場所がほとんどありません。麻雀をはじめとするギャンブルは法律ですべて禁止されており、日本にはどの地方にもあるようなパチンコや競馬、競輪などもなく、娯楽施設と呼ばれる場所も限りなく少ないのが現状です。みんなお金が有り余っているのに使う場所がない。日本でも、中国の中産階級の旅行者が日本で大金を使う「爆買い」が話題になりましたが、多くの中国人はお金を使う場所を求めています。その中の選択として人気が出たのが、ギャンブルができる上に、さまざまなエンターテインメントが凝縮された場所であるマカオだったのです。
多くの人が「お金を持った怖い人たちがギャンブルに興じる怖い場所」と考えがちですが、現在のマカオのカジノは、一大アミューズメントパークと言ってもいいでしょう。例えば、マカオの中心部にある巨大リゾート「ギャラクシー」の敷地面積は、東京ドームのおよそ28個分もあり、その中に巨大カジノ施設だけでなく、「ホテルオークラ」「ザ・リッツ・カールトン」などの高級ホテルが6つに、ショッピングモールや温水プール、劇場や映画館などが併設されています。マカオには、この「ギャラクシー」のような総合リゾートがいくつもあり、カジノ内にいるだけであらゆる欲望が満たされてしまうのです。
スケールの大きさも特徴で、国内外の複数の高級ホテルの部屋数は1000室以上が一般的。4000室もの部屋がある巨大ホテルも存在し、宿泊料金もさほど高くありません。「ザ・ベネチアン」という高級ホテルでは、ほかの国なら1部屋5~10万円くらいはするスイートルームでも、1部屋およそ1~2万円前後で宿泊が可能。カジノでたくさんお金を使う「上客」であればあるほど、交通費や食費なども安くなるというカジノ独自のシステムがあり、5つ星ホテルに無料で宿泊しているケースも珍しくありません。カジノで十分な利益が出ているからこそ、ホテルやショッピングセンターなどは、あくまでお客様へのサービスという側面が強いのです。
「マカオは治安がいい」って、本当?
異国の地で深夜の繁華街を一人で歩く──そんなことは、日本でもあまり推奨できる行為ではありません。ところが、マカオではこのような光景は日常茶飯事として見られています。カジノや併設される飲食店、ショッピングセンターなどの照明で24時間辺りが明るいうえ、街の至る所に警官が立っているため、夜中に女性一人で出歩いていても問題ありません。カジノと言えばマフィアなどの闇社会を連想する人も多いですが、著者によればマフィアの抗争はおろか、マフィア自体も見たことがないそうです。
なぜ、これほどまでに治安が良いのでしょうか。その理由の1つとして挙げられるのが、カジノ事業で国がとても儲かっていることです。前述の通り、マカオのカジノ事業は世界1位の規模を誇り、年間3~4兆円ほどの売上を出しています。国が儲かっているため、国民に負担を強いることもありません。さらに、カジノがたくさん建設されればそこで働くディーラーや、併設されるホテルや飲食店などの従業員などが必要になり、雇用も生まれます。
国が潤っているために税金も安く、増税という言葉もほぼ無縁です。犯罪発生の原因はお金が関係していることが大半ですが、犯罪を起こすほどお金に困ることがありません。マカオにやってくる観光客もカジノやリゾート目当ての富裕層が多いため、お金に困って犯罪を起こすこともないのです。お金が潤沢にあれば争いは減る──マカオは、見事にそれを体現した街だと言えるでしょう。
日本でも、一般的にカジノ法案と呼ばれている「統合型リゾート(IR)整備推進法案」が2016年に成立し、近い将来、国内にカジノができると言われています。そのため、カジノに対する動きに注目が集まっていますが、誤った認識や怪しい詐欺話が増えかねないため、正しく理解しておくことが大切です。
構成・文:吉成早紀
編集:アプリオ編集部