米サンフランシスコのMoscone CenterでGoogleが開催中の開発者向けカンファレンス「Google I/O」。
初日の基調講演では、最新Android OS「Jelly Bean」や新タブレット「Nexus7」などが正式に発表された。ソーシャルストリーミングメディアプレイヤー「Nexus Q」が新製品として公開されると会場はどよめいた。「Voice Search」や「Google Now」、Google+のタブレットアプリや新機能「イベント」のリリースも興味深いものだった。
スカイダイビングをGoogle Glassでリアルタイム中継
しかし、個人的に最も印象に残ったのは、講演終盤のセルゲイ・ブリン氏(Google共同ファウンダー)による「Google Glass」のプレゼンテーションだ(Google GlassはGoogleが開発中のウェアラブル端末)。
もし、まだGoogle Glassについて知らない人が身近にいれば、次の動画を紹介することをおすすめしたい。
Google Glassを装着したプレゼンテーターたちが、ブリン氏に届けるGoogle Glassを身につけ、ビデオ中継(ハングアウト)しながらサンフランシスコ上空をスカイダイビングし、会場のMoscone Center屋上に着陸。Google Glassを託された別のプレゼンテーターがビルの外壁をラペリングし、最後はマウンテンバイクのライダーが会場内部にハイスピードで入場。そのままステージ上まで駆け上がり、ブリン氏に直接Google Glassを手渡した。
全てリアルタイムで中継されたこのプレゼンテーションで、会場は大盛況だったことが分かるだろう。成功したから良いものの、事故の可能性を考慮すると、このパフォーマンスを行うのは大きな賭けだったといえる(ブリン氏が関係部署をどのように説得したのか興味深い)。
Googleの目指す未来
なぜ、そうまでしてGoogleはこのプレゼンテーションを行ったのだろうか。そして、Googleの目指す地平は一体どこなのだろうか。
このことを考える上で、示唆に富むのがセルゲイ・ブリン氏とラリー・ペイジ氏(Google CEO)の以下の発言だ。
2004年に、私は彼とブリンにグーグル検索の未来像について尋ねたことがある。「人間の脳の一部になっているだろう」とペイジは言った。「よく知らないことについて考えると、自動的に情報を取得してきてくれるようになる」
「そうなるだろうね」とブリンも言った。「グーグルは究極的には、世界中の知識で脳の機能を補佐し増強するものになる。今の段階では、まだコンピュータで文章を入力する必要があるが、将来的には操作はもっと簡単になるはずだ。話しかけるだけで検索する端末とか、周囲の状況を察知して、自動的に有益な情報を教えるコンピュータなどが登場するかもしれない」
「たとえば、2年前に会った誰かがそのとき言った言葉を教えてくれるとか」とペイジは言う。「最終的には脳内に機器が移植され、質問を考えただけですぐに答えを教えてくれるようになるだろう」
(「グーグル ネット覇者の真実 追われる立場から追う立場へ」より引用)
Googleは、設立初期の頃からユーザの人工知能になることを目標としてきた。
では、どのようなデバイスを通して人工知能はユーザと関わるのか。
この十数年、そのデバイスはPCであったし、今ではスマートフォンがPCに取って代わりつつある。そして、その次に来るのは「Google Glass」のようなウェアラブル端末だろう。その先には、もしかするとペイジ氏の言うように、脳内に機器が移植される時代がやって来るのかもしれない。
PCは、誰にでも安価にコンピュータを手に入れることができるようにした。
スマートフォンやタブレットは、いつでもどこでも手軽にコンピュータを扱えるようにした。
そして、ウェアラブル端末では、コンピュータの身体化が進むのだろう。それは、単に端末を身につけるという意味だけではなく、無意識のうちに端末によるサポートを受けることが日常になるということだ。
Google Glassのデモ動画では、そのことが端的に示されていた。
例えば、赤ん坊をあやす母親の目線からの映像。この映像を見て想像するのは、人間の行動が全て記録される未来だ。母親は端末の存在を意識することなく生活し、端末は赤ん坊を記録しつづける。初めて言葉を発する光景や、寝返りをうった姿を映像として残しておけるということは、母親にとって魅力的なのではないだろうか。
Google Glassのようなウェアラブル端末を通したサービスの応用範囲は無限大だ。教育・医療・娯楽から軍事まで、人間の関わる活動全般に使われていくことになるだろう。
未来は不確定
コンピュータの身体化によって、Googleは端末を通して膨大な情報を入手することになるはずだ。その情報量は現在の取得量とは比較にならないレベルに達する。何億人もの人間が、いつどこで何を見て、何を検索したのか、どのサービスを利用したのか、そこで何を感じたのか……そういった情報が蓄積されていき、解析される未来が、すぐそこまで近づいているのかもしれない。
その先の未来は、アニメ「電脳コイル」の世界なのかもしれないし、アニメ「攻殻機動隊」の世界になるのかもしれない。遠い将来、Googleの人工知能がスカイネット(映画「ターミネーター」中に登場する人工知能)になってしまうのかもしれない。
もちろん未来は不確定だ。あり得る1つの未来のデモンストレーションが、今回のプレゼンテーションだった。そこでGoogle Glassを「Google I/O」に参加した米国内開発者向けに1500ドルで2013年にも提供開始することが発表された。不確定の未来への参加を促すために、Googleは敢えてスカイダイビングという危険な賭けに出たのだろう。
「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにする」使命を達成するためのGoogleの人工知能化。この視点でGoogleのサービスを俯瞰してみると面白いかもしれない。
最後に、先に引用した書籍から、再び引用することでこのコラムを終えたいと思う。
しかし、と私はマンバーに暗に尋ねてみた。たとえグーグルの天才エンジニアたちには善意しかないとしても、あらゆる答えを知るほどの力を単一の組織に集中させてしまって良いものだろうか――その機能が脳に移植されることになるとしたらなおさらだ。
「私の口からこんな言葉を聞くと意外に思うかもしれないが、その見方には全面的に同意できる」と、マンバーは答えた。「私だって心底怖くなることがある」
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画像:THE VERGE